だから、80年代初頭の記憶はあるのだが色々と理解に苦しむ時代だった。
保育園の頃に「カー君はどんな女性が好きなの?」と聞かれた。当時、保育園の男子のマナーとしては
「松田聖子!」
と答えるモノだったが、松田聖子の何処が良いのか判らなかったし、あの『聖子ちゃんカット』と呼ばれる不気味な髪型が怖かったので「松田聖子の何処が良いんだ・・・」と思っていた。
もっと前の『山口百恵』の方が「お姉さん」っぽくて良かったのだが既に引退していたので「山口百恵」と言うと周囲が不思議そうな顔をしていた覚えがある。
なので「好きなタイプは?」と聞かれたら全く興味がないにも関わらず「松田聖子」と答えていた。
で、もう少し成長してみると、やっぱり理解が出来ないモノが多い。
80年代と言う時代は、どう言うモノだったのか未だに理解が苦しむ。
特に、未だに謎である
『チョッパーベース』
『スラップ・ベース』
の大御所である『マーカス・ミラー』は未だに「何処が、どう良いのか?」が理解出来ない。
まだ80年代感が凄い1991年の来日動画とか酷いもんな。
冒頭からマーカス・ミラーが乳首全開でスラップ・ベースである。此れは、1985年としては
「凄くセクシー」
と言う事だったんだろうか。それとも単に
「前日に洗ったらシャツが伸びた」
「気に入ったシャツなのだが着すぎて伸びた」
「サイズが合ってない」
と言う事だったんだろうか。
ドラムの人とかも豚か?人間か?と言う体型である。此れは1985年としては
「凄くファットでセクシー」
だったんだろうか。それとも単に
「元々、スリムだったが恋人に振られて過食した」
「ドラムを始める前は大相撲を好んでいた」
「実はガチホモで、デブ専」
と言う事だったんだろうか。
あとはアルト・サックスの黒んボの兄ちゃんなんて、この格好は何だ?。下着だし、ジャージだし、野球帽。だがサングラスと言うスタイリストとか『おすぎとピーコ』が見たら、鼻、耳、目から血を噴出しながら激怒しそうな出鱈目な格好だ。
こう言う格好は何処から来たんだろうか?
1970年代
↓
ラフな格好でラブとピース
↓
ベジタリアン
↓
ベジタリアンは辛いので健康志向
↓
ジョギング
↓
1980年代から90年代初頭
↓
ラブもピースも飽きたよ
↓
やっぱり肉は食いたい
↓
でも、健康志向は良いことだ
↓
ジョギングは辛い
↓
でも、健康そうな人は素敵!
↓
『健康カジュアル』の確立
と言う『時代の流れ』があるんだろうか。違う気もするが、そう言うふうに考えないと、この『ステージ衣装』は理解が出来ない。
1991年は日本はバブル経済だが、こう言う『健康カジュアル』がモテたんだろうか。思えば、当時はボディビルも盛んだったはずだしなぁ。
ダークサイドとして『DCブランド』があり、オープンサイドとして『健康カジュアル』。
または
『黒人は健康』
↓
『元々、アフリカ出身なので健康じゃないと死んでいる』
↓
『健康さをアピール』
↓
『其れこそがブラック・イズム』
↓
『サバンナの風を感じさせるCOOLなファッション』
と言う、90年代のHIPHOPが信じられないスーツを着ていたり、サイズが合わない洋服を着用することによりゲットーorファンク感を出していたのと同じなんだろうか。
80年代→アフリカ
90年代→ゲットー
とスケールは小さくなったが「黒人!」みたいな。取り敢えず上記の動画の曲は死ぬほどダサいな。
此れは当時の人は「嗚呼・・・セクシー」「サバンナ・・・・」「アフリカン・ナイツ・・・」と思っていたんだろうか。
って、アフリカン・ナイツって俺が好きな一風堂セピアじゃねぇかよ。
(嗚呼。一風堂セピアはカッコいい・・・。「まるで、アフリカン・ナイツだね」って全然、意味わかんねーけど、「そうだよな!全くもってアフリカン・ナイツだよな!」と同意させる魅力がある)
TPと言う楽器を演奏する為にJAZZは結構、聴いていたのだが『マーカス・ミラー』の良さは全く分からないし、未だに分からない。
ってか
『チョッパーベース』
『スラップ・ベース』
と言う謎のテクニックが理解が出来ない。「ンベンベンベッベッベンンン、ウン、ベッベッベ、ベーベーベ」と文字変換が可能な音の何処が『音楽的』なのか理解に苦しむ。
1985年と言えば、この動画も全く意味が分からん。
ワカンネ━━(´Å`lll)━━!!
┓(´Д`*)┏さぁ? ┓(*´Д`)┏
(p´・∀・`q ゚+。:.゚ワヵンナイ゚.:。+゚ p´・∀・`q)
ワカンネ━━(´Å`lll)━━!!
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(p´・∀・`q ゚+。:.゚ワヵンナイ゚.:。+゚ p´・∀・`q)
(Sex Machine Larry Graham & Stanley Clarke)
曲名が『Sex Machine』と成っているが、イエス・キリストよりも偉いジェームス・ブラウンの曲とは関係がなさそうである。
少なくともコードもベースラインも『ジェームス・ブラウン神』との共通項はない。
一点だけ共通項を言えば
『黒人』
と言うだけ。で、この衣装は一体なんなんだろうか。
『シャツの胸を開ける』
と言うのが85年の男性マナーだったんだろうか。それとも、此れも上記の『健康カジュアル』の亜流なんだろうか。
『黒人だから健康』
↓
『何しろアフリカのサバンナ出身なので健康じゃないと死んでいる』
↓
『健康さをアピール』
↓
『其れこそがブラック・イズム』
↓
『サバンナの風を感じさせるCOOLなファッション』
↓
『妙な寄生虫や疫病(当時、流行し始めたエイズ等)に感染してない事を証明』
↓
『出来るだけ肌を露出して凄く健康である事をCOOLに都会的にアピール』
と言う事なのか?
っつーか、この動画の酷さと言うか、こんなクソ以下の演奏でこの2人は一体、幾らのギャラを貰っていたんだろうか。
こんな演奏、この二人はセッションでチマチマと日々やっている事なワケで、時代を考えても、「この二人でなくては、こんなに素晴らしい演奏とはなりません!」とは思えない。
っつーか、単なる死ぬほどダッサいブルースじゃねーかよ!
Miles Davis Live Under The Sky 85にはマイルス・デイビスも出演している。服装も曲もダサいのだが、人によっていは80年代マイルスを生涯における最盛期と考える人もいる。
TPと言う楽器の音色や、奏法に関しては60年代よりも面白い、と言うか興味深いと言うか、研究に値すると言うか。
この時代のフュージョンで日本で言えば高中正義だろうか
このバンドで頭にゴミをつけてキーボードを弾きまくっている女性が後にケンイイシの売り込みをするのだから人生は分からんもんである。
有識者曰く「高中正義はNWの人だった」と言う意見もある。どうなんだろう。
しかし「高中正義はギターで歌心がある」と言う意見には疑問がある。
ギターにコンプを死ぬほど突っ込んで、歌心もクソもねぇだろ。コンプレッサーと言うエフェクターの役割は『音列を整える』であり、歌って『音列が曖昧』でも良い部分じゃないのか?と言う疑問、愚問がある。
でも、Live Under The Sky Festival 1988の『サン・ラ』は凄い。この時は対バンがマイルス・デイビスなんだよな。マイルス・デイビスはサン・ラのついて、どう思っていたんだろうか。
マイルス・デイビスが語るフリージャズはオーネット・コールマンだけである。何故かサン・ラについては語っていない(自叙伝でも、『M/D論』でも言及はない)
内心はどうだったんだろうか。
「音源、リリースし過ぎだろ!?コンプリートを目指す奴の身にもなってくれ!」
「ライブ音源の音、悪すぎだろ!」
「歌モノとインプロの乖離が酷すぎねぇか?」
「ちゃんとピアノ弾けよ!」
「こんな演奏なのに、メンバー全員が食えているって有りえねーだろ」
「変な映画を作ってんじゃねーよ!」
「フェラ・クティとお前ら、どっちが音源、多いんだよ?」
とかだったりして。
フリージャズで喜ぶ女性は今も昔も多くはないはずだし、この女性がサン・ラで『踊っていなかった』可能性も否めいないが(TV局の編集)、多分、サン・ラで踊っていたと思う。
最近は見かけないが、昔、フリージャズのセッションなんぞに行くと、こう言う「それなりに肉感的な女性」が何故か一人くらい居たものである。
この女性はその後、どうしているんだろう。
「お母さんね、昔はサン・ラで踊っていたの。其処で知り合ったのがお父さんよ」
と鯖を焼きながら息子(帝京平成大学文学部)に語っているんだろうか。または
「お母さんも昔は色々と馬鹿をやったもんよ・・・だから、貴女の気持ちは判らなくもないわ。でもね・・・」
と門限を破った娘に説いているのだろうか。
1980年代の遺産は何処にあるんだろうか。
実は皆無だったりして。少なくともJAZZ~フュージョンと言うジャンルに置いては「あの日の事は無かった事にしてほしい」と、メンヘラ気味の会社の同僚を抱いてしまった男性社員のような感じなんだろうか。
謎だ。