しかも、死を喜ぶキリスト教徒ですら震え上がる『本厄』と言う地獄である。
先日、名前も知らない老婆の葬式に『動員』として刈り出された際に「おまえ、本厄じゃないか」と言われて気がついた。
確かに、我が世の春を桜花していたのだが『本厄』が始まった途端に酷い事ばかりだ。
①毎週、楽しみにしていた少女漫画が長期休刊(1ヶ月の予定が既に4ヶ月)
②店で楽器担当となり、3000円とか酷い値段を付けていたのだが「其の値段は駄目」と言われる。
③この世の天国である『杉並区』から、陸の孤島『世田谷区』に追い出される。
④太った
⑤一週間に14人の女性から愛の告白を受けていたのだが、一日7人から脅迫メールが届き始めた(妊娠したから堕胎費用を払え、など)
⑥ライブでエフェクターが大破
⑦いつも眠い
⑧敬愛する天皇陛下の孫である眞子内親王の婚約が破断。
⑨敬愛する天皇陛下が生前退位と言う違憲を行う(生前退位は実はillegalである)
⑩敬愛する天皇陛下がボケ始めている。
⑪PCがウィルス感染する
⑫物凄い苦労をして『GTA LCS』をクリアしたのだが、実は糞ゲーだった。
⑬エホバの証人に勧誘される。
⑭御茶ノ水ジャニスが閉店
⑮尊敬する自衛隊員の皆様が、住民に向かってロケットランチャーをぶっ放す。
⑯知人がどんどん、意味不明なスピリチュアルへ行く(水道水は日本人絶滅の為にGHQが作ったモノ、だとかコンビニのコーヒーのプラスチック製の蓋はGHQが日本人絶滅のためにやっている、とか)。
⑰太ったのに食欲が止まらない
⑱歯医者に行ったら「喫煙によりオマエの歯は腐りかかっている。喫煙を止めなければ、歯が腐り落ちる!」と脅迫を受ける(此れは実話)。
⑲引越の際に冬物の大半を捨ててしまっていた(引越が夏だったので)。
⑳名前も知らないし、会った事すらない老婆の葬式に動員として刈り出される。
㉑友人男性達が結婚する。
㉒下北沢はウンザリだ。
㉓下痢になる。
㉔便秘になる。
㉕夢に亡き父親が出てきて「オマエを見ていると不安で仕方がない」と小言を言われる。
㉖旨い!と評判の炒飯を食べに行ったら不味かった。
㉗腰が痛い。
㉘歩けば犬の糞を踏む
㉙立ち止まればハトの糞が落ちてくる
㉚走れば車に追突される。
全くもって、見事に本厄である。あとは死ぬことが待っているが『死』は、ある種の宗教に言わせれば救いでもあるので『生地獄』しかない。
私は仏教徒ではないが『厄祓い』をしなくてはならない・・・らしい。
洗礼は受けていないがクリスチャンで、マルクス派が神社の祈祷を受ける事はニーチェ的に言えば「神は死んだ」のだからアウトなんだが、こうも地獄が続くのであれば哲学や経済学の問題ではない。
そんなワケで。
近所には厄除けで有名な『松蔭神社』と言うモノがあるらしいが、休みの日に面倒臭いので近所の『代田八幡神社』と言う神社へ。
行くと『七五三祝は八幡神社で!』と何とも目出度い行事が行われている。
私は頭にはハトの糞、靴には犬の糞、しかも4tトラックに追突を受けたうえに洋服がバンパーに引っかかり、3kmも引きづられたので血塗れだと言うのに、だ。
事前に電話はしておいた。
「厄除けはやってますか?」
「やってますよ〜」
「お願いします。因みにお値段は?」
「5000円です」
「5000円ですか・・・ちょっと高くないですか?もうチョット安くなりませんかねぇ?」
と値切ったのだが
「5000円で統一しているから駄目」
と言われる。
モノの本によると厄祓いは
①神主の祝詞とか呪文とか呪詛。
②雅楽演奏
③巫女さんが踊る
④お土産を貰う。
と言う流れらしい。スーツを着て行くのがマナーと本にあるのだが、スーツは面倒なので適当なジャケットを着て行く。
神社に行くと神主が「お!お待ちしておりましたよ!」と言う感じで、時代っぽい着物と言うか風体になり、妙な帽子(聖徳太子が被っていたのと同じ奴)を被って登場。
「じゃ、此れを付けて」
と紙切れで何やら書かれたタスキのようなモノを被らされる。
神社の内部に入るのは初めてな気がする。小学校低学年の頃に親戚の結婚式が和式で、神社の内部に入った覚えがあるが真冬だったのでクソ寒かった思い出しかないし、その思い出も既にアヤフヤ。
椅子に腰掛けると、神主が生きた鶏を持ってきた。
「いやー、時期がねぇ。もう少し早ければ山羊を使えたんだけどねぇ」
と言って生きた鶏をカッターナイフで首を切り落とす。血飛沫が飛ぶ。
其れを浴びろ、と言う。
「え?鶏の血・・・って、此れを浴びるんですか?」
「そりゃ厄祓いなんだから!儀式は血ですよ!」
「いや、だって、洋服が汚れちゃうじゃないですか!」
「そりゃ厄祓いなんだから!儀式は血ですよ!」
「鶏が可哀想じゃないですか!」
「そりゃ厄祓いなんですから!儀式は血ですよ!」
と暖簾に腕押し。9月までは山羊の生き血で行うらしい。
「やっぱりね、山羊は違いますよ。西洋でも黒ミサと言えば山羊でしょ?」
と神主は言う。
首を切り落とされた鶏が飛び回る拝殿で、神主がモジャモジャと何かを唱える。
『寿限無、寿限無
五劫の擦り切れ
海砂利水魚の
水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処
藪ら柑子の藪柑子
パイポ パイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助・・・』
どう聴いても落語の内容じゃないのか?と思うのだが、下賎の身である私が神主に口答えは許されない。
其れが終わると、フツーの流れだと雅楽と巫女さんのダンスらしいのだが、小さな神社なので雅楽隊がいるわけがない。
「じゃ、少し待ってて貰って良いですか?」
「はぁ。あの、シャワーって借りれますか?血が臭いんですよ」
「あははっはっは。面白い事を言いますねー」
と言われて、しばし待つ。
すると神主が白いアコースティック・ギターを持ってきた。
「普通は雅楽が、ブワーっと演奏するんですが、うちは雅楽隊が居ないので私が代わりにやりますね」
とギターをチューニングし始めた。
「では」
と言ってギターを構えると神主が徐ろに歌い始めた。
好きです/好きです
心から/愛していますよと
甘い言葉の裏には/一人暮しの寂しさがあった
寂しさゆえに
愛が芽ばえ
お互いを知って
愛が終わる
別れは涙で飾るもの
笑えばなおさら
みじめになるでしょう
こんなに好きにさせといて
「勝手に好きになった」は ないでしょう
さかうらみするわけじゃないけど
本当にあなたは ひどい人だわ
だから私の恋はいつも
巡り巡って
ふりだしよ
いつまでたっても恋の矢は
あなたの胸には
ささらない
どう聴いても長渕剛の『巡恋歌』である。しかもフルコーラスも歌いやがる!。
歌っている神主は気持ち良さそうに喉を震わせている。
何故、昼間の神社の本殿で長渕強を聴かなきゃならないんだろうか。
歌が終わると
「あ、あと一曲あるんですよ。此れで終わりですからねー」
と言って、また白いギターを弾き始めた
(前略)死にたいくらいに憧れた
花の都/大東京
薄っぺらのボストン・バッグ
北へ北へ向かった
ざらついたにがい砂を噛むと
ねじふせられた正直さが
今ごろになってやけに 骨身にしみる
ああ しあわせのとんぼよ どこへ
お前はどこへ飛んで行く
ああ しあわせのとんぼが ほら
舌を出して 笑ってらあ』
どう考えても長渕剛の『とんぼ』である。
「あの・・・長渕剛ですよね・・・?それ」
「いやいや、何を言っているんですか!此れは雅楽ですよ」
「雅楽って言うより邦楽ですよね」
「邦楽は雅楽です」
「いや、確かに邦楽は・・・ってか長渕剛ですよね?」
「ええ。雅楽ですが」
「いや、だから雅楽じゃなくて、邦楽・・・」
「邦楽は雅楽でしょ!?私が『魔笛』を歌いましたか?」
「いや、『魔笛』はシューベルトでしょ!」
「魔笛は洋楽でしょ!」
「だったら、ビートルズでも良いじゃないですか」
「ビートルズは雅楽じゃないでしょ!」
「長渕は邦楽じゃないですか!」
「雅楽は邦楽ですよ!」
「長渕剛が厄祓いになるんですか?」
「だったら『山谷ブルース』なら良かったんですか?!」
「いや、4畳半フォークじゃなくて・・・」
「雅楽もフォークですよ。アコースティックですから」
「そりゃ、そうですけど・・・」
と、無理矢理、納得させられて(納得出来ないが)御土産を貰う。
「この中に小さなお守りが入っています。財布とかに入れて下さいね」
と言われて帰路についたが、中には
『呪文が書かれた板』
『破魔矢と絵馬』
『紅白の砂糖菓子』
だけである。お守りは入ってない。
職場の人に話したら「それ、厄が終わってない、って事じゃないですかね。入れ忘れでしょ?フツーに厄でしょ?」と言う。
私の本厄は、まだ始まったばかりだ。