2013年5月15日水曜日

ソウル・ミュージック


《Asian Experimental Performance Night》
5月16日(木) pm7:30 ソウル文来 Salad Boom Tel.02-2254-0517
http://www.salad.or.kr/
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、佐藤行衛(guitar improvisation)+キム“Natalie”ギョンミ(dance improvisation)

《キム・ヨンジン個展“音を描く”祝賀公演》
5月17日(金) pm8:30 ソウル弘大 弘大 Yogiga Gallery Tel.02-3141-2603
http://yogiga.com
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、キム・ヨンジン・バンド(キム・ヨンジンb,vo+佐藤行衛g+伊藤孝喜ds)


《Sunday Matinee Show: Japanese experimental musician Ko.Do.Na.》
5月19日
https://www.facebook.com/events/243167555808231/
Links:

http://mfk.dreamlog.jp/?p=2
http://www.youtube.com/watch?v=BMSBMbv6lR0

Daejeon's Drea Marilyn to open the show!
https://www.facebook.com/drea.marilyn?fref=ts

Show to be at Palomino's in Daehung Dong.
http://blog.daum.net/jimmy1230
http://cafe.daum.net/jimmyleemusic

2013年5月5日日曜日

2013野戦の月



昨日、『劇団野戦の月』を観にいった。




新木場なんて初めて行った。意外と近くて驚いた。だが、駅にはディズニーランド帰りの客ばかりだった。


で、新作の『蛻でんでこ』である。2年半ぶりらしい。

思えば私が毎回、観にいっているのは『OM-2』と『野戦の月』だけである。何故かそうなっている。両劇団とも作風もスタイルも全く違うが。


『毎回』と言っても場所が不便すぎたりしたり、仕事の都合で何度か見逃しているが最近は結構、見ている。

この劇団との関わりは17年前に遡る。



当時、福岡で『劇衆南組』と言うド・アングラ劇団に居た。その前はDJなんだから凄まじい乖離でえある。
当時、行きつけのクラブと言うか飲み屋のマスターが同劇団を気に入っていて「手伝わないか?きっと素敵な体験が出来る」と言うので行ってみた。


東京の劇団が来る!って感じで田舎者はちょっとドキドキ。何しろ私は当時、19歳なのだ。

で、テントとセット設営。

「え?これで全国巡業するのか?ちょっと手間がかかりすぎじゃね?」

と驚いた覚えが。で、私の姉に確か(記憶は曖昧だが)同劇団の看板役者が勝手に片思いと言うか恋をして、だが姉には既に彼氏がいて、

「失恋だぁ~」

と泣いていたらしい。因みに其の時、私は仕込みを手伝った。



17年も前の話なのに昨日のように思い出す。



舞台は上演時間は確か3時間を遥かにオーバーしていた。上演が終わったのが11時とかだった。九州と言う言う土地柄か、劇場はヒートアップどころじゃなくて、熱狂と混沌だった。


終わってからテントの中で酒を呑む。で、「うちに来ないか?」みたいな感じで誘われたのだけども(確か相手は当時、桜井大蔵氏の妻だった人)断った。理由は簡単で

「こんな怖い人達と行動をともにするなんて!」

だった。当時はホンッと怖そうな人ばかりが揃っていた。桜井大造氏を筆頭に怖かった。

『客演』

と言いながらも毎回、出演していた『え~りじゅん』氏なんて怖くて私は、目をあわせられなかったほど。


テント内は薄汚くて、でもガチなインテリと、客との不思議なサロンだった。今、思い出したが私はテントで知り合った男性と「これからのクラブ・ミュージックについて」と言うテーマで話していた。

何だかそう言うムードがあったのである。「フリーダム!」ってか。妙に居心地が良かった。
後に入団する唐組にはない雰囲気だった。











さて、舞台の話に。




(開演前のテント)



(シカラムータ)



(開演前)


(開演直前)




結論から言えば非常に『惜しい』ポイントばかりだった。『傑作』か?と言えばそうではない。寧ろ逆である。
非常に『惜しい』舞台だった

例えば前々回の舞台は若年層の貧困、ネカフェ難民などに焦点を当てていて、其れが素晴らしかった。

前回は『震災後』と言うテーマだった。アングラ演劇の特権だと思うが『震災後』をアレほど美しい言葉で表せたのは『劇団野戦の月』だけだろう。
尚且つ、そう言う時事ネタを素早くヤルって言うか。それが彼等の魅力なんだろう。
毎回、心臓を抉られるような素晴らしい台詞と舞台である。


で、今回のテーマは二つあった。

①TPP
②親子関係

「TPPが騒がれているからってTPPを露骨に持ってくるのは如何なものか?」

と思った。前回、前々回と小劇場が持つ『ニュース性』と言うか、其処は物凄く早かったし、其れを言語化する技量に舌を巻いたのだが、今回の『TPP』と言う問題を持ち込む際に一寸、其処が余り『詰め』られてない、と言う気がした。

後半に、その遺伝子改良植物に対抗する為の『種』を持って行くのだが、

「種を撒こう!」

じゃなくて

「この種で戦おう!」

になっていた。「戦おう!」ではアジテーションになってしまわないか?と思った。『現状』を抉り出し、其れを見事に昇華させるのが同劇団の得意技と言うか、持ち味だと思うのだが

「戦おう!」

では昇華も炙り出しも出来てない、って気がする。特に『TPP』と言う問題を戯曲の中では第一次産業に絞っている。それでは判り難い。
誰も第一次産業(農業)については判らないんだもの。


それと『父と子』と言うのが出た。桜井氏の戯曲では珍しいテーマだったと思う。

『蠅の王』と言う人物が、実は主人公である『虻』と言う人物の父親であり、対決・・・または対峙、そして彼は今後は『蠅の王』と父の座に付かされる。

「ちくしょう!何もか俺に押し付けやがって!」

と主人公は言うのだが、個人的な好みで申し訳ないが、その『父と子』と言う構図がある以上、『子』は何処かで変化しなくてはならなかった、と思う。

其れこそ古典的な構図なんだが『野戦の月』の戯曲は基本的には実際には可也、古典的・伝統的な演劇スタイルである。

だが、同時に『変化』と言うモノこそが演劇の本質なんではないか?と思う。


『人物の内面が変わる』
『人物自身が変わってしまう』←シェークスピアや歌舞伎の得意技

『人物は変わらないが環境が変わってしまう』←チェーホフとか。

『何もかも変わらなくてはならないが遭えて変わらない』←ベケットとか。

『既に何もかも変わってしまっている環境の中で何も変わらない人々』←ベケット

『逢えて何も変わらない』


など。例えば歌舞伎なんかが判りやすいがAと言う人物が何かの拍子で怒りのメイクに変わる。シェークスピアも嫉妬だとか魔法等で変化してしまう人の哀愁喜劇。
家を売られる、って時に暢気に舞踏会なんぞをヤル貴族階級。
延々と会話して「よっし!俺たちだって!」と叫び変化しようとして結果的にスタート地点に戻る。


其れが数時間の『舞台』と言う中で行われるからこそ、其処に『人間』『演劇』の面白さがあるわけで、それが『理由もなく単に変化なし』では、技量不足をなじられても仕方が無い。または演出不足と言うか。

舞台を見ていて「遭えて変化せず」と言う必然性はなかったと思う。不条理演劇ではないし。

主人公が台詞を言い終えて、嘗て父親から受け取った拳銃を捨てる、または放銃するだけでも、其れは出来た、と思う。

これは私の好みだから読み飛ばしても言いと思うんだけども、其れが『出来る』環境下にありながら、其れを理由もなく『やらなかった』と言うのは非常に疑問に思う。だって、桜井氏にも渡辺薫氏にも出来たはずなんだもの。



毎回、火や水、車、バイク、その他、様々なモノを劇場に持ち込むが、一貫しているのは伝統的演劇スタイルである。

能とか歌舞伎に近い。

1)モノローグの応酬はない
2)舞台上に3人~4人以上が登場する事はない(ラストは除く)
3)一人がモノローグをしている最中は他の役者は背景と化す。
4)原則的に『台詞』で成り立つ演劇

派手な舞台を作るが、基本的にはこんな感じ。


今回の新作の戯曲に関しては脚本が余り練られていない・・・と言うか此方に届かない。

だからこそ演出が光るべきだったのだが、其処がなかった。逆に言えば桜井氏の戯曲の『骨格』と言うか『コア』が剥き出しになった状態だった。

其れはそれで、とても(野戦の月としては)珍しい事なんだけども、それによって役者の『粒の小ささ』が目立ってしまう。


初期の頃であれば、其れこそ滅茶苦茶な役者達が、無茶苦茶に突っ走ったり、飛び跳ねたりして何とかなっただろうが、今の野戦の月の役者達(桜井氏、ばらちづこ以外)はまだ、其処まで育っているワケではないし、育ったとしても根岸さんみたいな風にはならないと思う。

多分、世代的に今の役者達と私は近いと思うから尚更、そう思う。

唐組に居た頃に痛感したもんなぁ。「大久保鷹」と言う大古参が唐組にいたのだが「絶対に真似出来ない」とか。


あと、ラスト。


焚き火を燃やしながら森美音子が去るのだが、その去り方が余りにも「演劇的ではない」と言うか「普通」に歩いていた。ちょっと、それはないんじゃないか?と。
役者も音楽家も人前に出ている時間は全て『演技』である。『歩く』も演技。最後に力尽きたのか、それにしても『終わりよければ全て良し』が、『終わりは余り良くない』じゃ寂しすぎる。




とは言え。




人は勝手に育つ。『渡辺薫』氏も『ロビン』も『森美音子』も最初に観た時は「こりゃ酷い」と思った。
『森美音子』さんなんて、最初に観たときは舞台の天井で叫んでいたのだが、その際に衣装は古臭い(時代背景を表すような)衣装なのに、思いっきり見えていたパンツが結構、色っぽかったりして「どうもねぇ・・・」と思った。

最初って言うか99年頃に大量離脱があって、その後だから高井戸陸橋横の広場だった。『段恵民』と言う人なんて、『野戦』には珍しく「この人、芝居を齧っていたな」と言うか、異色の人だったけどもカラーが違っていた。

「とほほ!」

と思ったのだが(舞台は素晴らしかったけども)、其れは単に戯曲の力に支えられたモノだった。でも、今回、観て「おお!」と思ったのは、彼等が凄く伸び捲くっている。

「もう直ぐ野戦の月になる」

と言う期待感がある。一人で舞台を制する事が出来る感じもする。皆、素敵だ。



だから桜井氏が現状は『汚れ役』と言うか無茶な役をやるのだが、若手に一発やらせても良いのではないか?と思うのだが・・・その辺は『作・演出』でありながら同時に『役者』と言う欲なのかもしれない。

でも、若手(と言っても何年も経つが)の伸びが如実に感じられる。きっと次回の公演では素晴らしい役者達になっているだろう。


『ばらちずこ』は毎回、圧巻。

あの人がいなきゃ、話が始まらない、って気がする。



あと、個人的に『つくしのりこ』が出演していないのが寂しかった。毎回、台詞は定規の如く『棒読み』。能面のような表情。
でも、あの人が出ると、芝居にアクセントが付く。「お!出た出た!」って思っているんだけども、今回は一寸、フラットな舞台だったから逆に彼女の出演を熱望したほどである。

あと『武内理恵』が凄く良かった。ってか純粋に『好み』なんだけども舞台上では少年役だったし、確かに少年っぽかったから「新しい男性役者かな」と思っていたのだが、其れにしては美少年。
美少年大好きな私は萌え萌えだった。
思えばNYのABC no rioでライブした時もアフターアワーセッションの時に二十代のギタリストが、とってもcuteで「可愛いー!」と思って写真、取り捲った程だったしなぁ。多分、この辺の私の『好み』は少女漫画の影響だと思うけど、良かった。
まさか女性とは思わなかった。



辛辣に書いているようだが、基本的には彼等・彼女達の大ファンなのである。期待を裏切らないでよ・・・とオッちゃんは思ってしまうのですよ。



テントを出て『ばらちづこ』さんと少し話していたら吉野茂さんがいた。と言うか野戦の月を観にいくと『必ず』と会う。申し合わせたかのように会う。
で、吉野さんは何時も女連れなんだが、今回は珍しく一人。

「たまには」って事でテントの中で一杯だけ酒を頂く。思えば『劇団野戦の月』のテント内でアルコールを嗜むのは17年ぶりなんである。

17年前に観た同劇団の風景と、今は全く違う。

リュウセイオー龍君がいたので「龍君~!。今は幾つなの?」と聴いたら「28歳です」と言う。

私が会った頃は小学校低学年とかだったのに。

「とほほ。道理で俺が歳をとるはずだ」

と言ったら苦笑いしていた。




(終演後)


(終演後)


(終演後の舞台上から見た客席)



(打ち上げ中)






帰りに友人と「常に満塁ホームランの劇団なんて皆無である事は判っているんだけども、やっぱり一寸、寂しい」「『野戦の月』を観た!って感じが全然、しない」「前回がホンッと大傑作と言うか奇跡のような舞台だったけに・・・」と話しながら帰宅。

新木場駅はディズニーランドと近いらしく、GWって事もあり高校生~大学生カップルや子供が多い。

で、地下鉄の中で吉野家の牛丼をテクアウトして食っている学生風のカップルがいる。彼氏の顔付きや服装、彼女の靴やスカートを見ても「裕福」ではない事は一目瞭然。

「学生だし、貧乏だから、こう言う部分で経費削減しないと駄目なんだろうなぁ。しかし地下鉄車内で『牛丼』はねぇだろ」

と思った。削減した経費でコンドームを買ったりするんだろうか。二人がディズニーランドのホテルに泊まれる日は来るのだろうか。余程のディズニー中毒者でも『ディズニーランドのホテル』に泊まるのは躊躇するらしい。経済的な面で。


資本主義の夢だわな。










スケジュール


Test Tone 92: Cracks in the Ether
2013.5.14 (Tues) @ Super-Deluxe, Nishi-Azabu
Open 20:00 / Free entry (with drink order)

DJ: Evil Penguin
Featuring:
KO.DO.NA/人魂ディオ
| KO.DO.NA/Hitodama Duo
(KO.DO.NA: electric trumpet, phonograph, effects + 人魂 | Hitodama: Effects, cassette tapes, synthesizer)
http://kodona.web.fc2.com
http://www.myspace.com/onryoudrone
実ズ | MINORU-ZU
(直江実樹 | Miki Naoe: radio + 小池実 | Minoru Koike: radio + 米本実 | Minoru Yonemoto: 自作電子楽器 | self-made instruments)
https://soundcloud.com/naoe-miki
http://wn.com/minoru_yonemoto
VIDEO: http://www.youtube.com/watch?v=aZ6Ck32hBe8



実ズもVELTZが対バン。実ズの直江さんと小池さんとは前回もSDLXで対バンだった。VELTZとは久し振りに対バン。松岡さんとの再会、楽しみ。


《Japanese Experimental Music Night》 
5月16日(木) 
pm8:00 
ソウル文来 
Salad Boom
 Tel.02-2254-0517 
http://www.salad.or.kr/ 
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、佐藤行衛

韓国はソウルでライブ。このライブ以外にもYIGIGA2本、大田(デンジョン)でライブなのだが詳細が来ない・・・。

2013年4月6日土曜日

国境の果て、海の果て、それは東陽町

友人から「東陽町についてもっと知りたい」と言うリクエストがきた。 



だが、個人的には東陽町の事は余り思い出したくない。何しろ「この世の果て」としか言いようがない酷い町だったからだ。日頃から『脱原発デモ』に繰り出す生粋の都会人である私には理解が出来ない町である。 
思えば余りの奇怪さにカメラを持って町を撮影していたのだが、これ等の写真は「東陽町に行こう」と思う人が余りにも少なすぎるらしく、可也、珍しいモノらしい。 

確かに都内とは可也、異なる文化を持っている。 

10代は『ヒンドゥー語』『日本語』 
団塊Jr世代は英語と日本語 
団塊世代は蘭語と中国語、日本語 

が話せる、と言う有様。 

以前、豊洲に住んでいた友人に戦後直後の豊洲と東陽町を描いた絵を見せてもらったが実際、こんな感じだったらしい。 


戦後直後から、この有様。この時点での決定的な差が今でも尾を引いており、この有様である。 




全く酷い土地だったなぁ。出勤風景からして異様だったし。 

(出勤中の東陽町住民) 

(バスで通勤する東陽町住民)


(車通勤の東陽町住民)


(出勤中の東陽町住民。東陽町では10歳以下でも立派な労働者だ) 


(通勤中の東陽町住民) 


(会社から帰る東陽町住民)


しかも電車通勤となると、之でだし。地獄のような電車だった。 

(東西線東陽町方面) 


(東西線東陽町方面) 


じゃあ、慣れないが車で出勤すれば、こんな目にあう。 


(象にぶつかる)


(熊に襲われる)


それに比べて隣町の豊洲の出勤風景は「これぞメトロポリス東京」に相応しい光景だった。これぞ労働者ってもんである。 
豊洲は矢張り大都会なので自転車通勤がデフォルトである。健康の為でもあるのだが、実は彼等の自転車は一台で車2台が買えるほど高級だったりするのだが。 




(自転車通勤をしている豊洲住民) 

(自転車通勤をしている豊洲住民) 


(ゼグウェイで出勤する豊洲のエリート警官達) 


(徒歩で出勤中の豊洲住民)


自動車通勤をするサラリーマンもいるが、豊洲には海があるのでフェリーを使う。 


(東京湾を渡る豊洲住民) 


当然、豊洲住民は『残業』なんてしない。そう言えば今、働いている会社は社員ともなると残業当たり前みたいだが、場所は新宿だしな。 
大抵の会社員ってのは仕事が終わった後は酒を呑んで、カラオケに行く事くらいしか時間の使い方を知らない。残業ってのは彼等にすれば「時間つぶし」みたいなもんなんだろう。其れはそれで不気味だが。 

だが、東陽町の『株式会社オムロン・フィールドエンジニアリング』は異常だった。大体、会社の概観が之である。 


(株式会社オムロン・フィールドエンジニアリング) 


こんな概観の会社だが、一応、『HP社のサーバーの保守・管理』が業務内容だった。だが、東陽町だから一般的な仕事をするワケがない。之が仕事中の風景である。



(桶にHP社のサーバーを入れて近隣を売り歩く) 


(近所の人にHP社のサーバーを売り歩く) 


(対立するDELL社との激しい抗争) 

(対立するDELL社との激しい抗争) 


(対立するDELL社との激しい抗争) 
(HP社サーバーの保守中の先輩の和田さん) 

(HP社のサーバー保守中の真島さん) 


(対立するDELL社に殴りこみに行くHP社社員) 


(株式会社オムロン・フィールドエンジニアリング社員集合写真) 


サーバーって桶に入れて売れるのか?街頭で売り歩くものなのか? 
そもそもサーバーの保守に銃が必要なのか?DELL社と何故、ここまで仲が悪いのか? 

私の教育係だった斉藤氏は「之も仕事ですから・・・」と言う。 

わからん。 



で、時折、目黒の本社から部長クラスが来社する事がある。そう言う時は若干、社もバタバタするのだが、目黒本社から部長が来るとこう言う扱いである。 


(本社から部長が来た際の対応) 


で、研修中の私(同僚に撮影して貰った)。 



(サーバーについて研修中の私) 
駱駝の解体とサーバーの保守運用に何の関係があるのか判らなかったが先輩の斉藤さんに言わせると 

「之も仕事ですから・・・」 

らしい。と言うかサーバーを桶に入れて売り歩く、って言ってもサーバーってそう言う売り方をするものなのか?と思うのだがオムロン・・・と言うか少なくとも東陽町ではそうらしい。 

で、使っていた業務用端末が之である。 

(このマシンに顧客データや勤怠管理表などが入っている。パンチカードでデータを読み込む。ロード時間は8bitで2時間) 

オール・真空管である。動かすと熱が凄くて室内は常に40度を超えていた。真冬でも!だ。 
DELL社との抗争や、外回りのサーバー売りが終わってオフィスで仕事をしていても、こんな状態なので仕事が全く捗らない。 


(牛に邪魔される) 


(小鹿に邪魔される)


(牛が社内に居座る)


ウンザリして会社のトイレに篭ろうと思っても会社のトイレが之である。 


(社のトイレ) 

で、社の食堂が之である。 






(社員食堂『ポッポ』) 

鶏1頭しか売ってない。鶏の死骸だけ買っても仕方が無いじゃないか。しかし安かった。1頭270円だったが、余りにも高カロリー過ぎる。毎日、鶏1頭では辛い。 

じゃあ、社外で飯を食おうと思っても東陽町の繁華街なんて、この有様。 



(東陽町銀座商店街) 


(露天の弁当売り) 


この商店街では信じられない事に『通貨』と言うか『円』が通じない。東陽町は90年代にインド人を多く招いた為(ITバブルの頃。インド人はITに強い)、『円』ではなく『ルピー』が通常通貨。 
多くの人が東陽町の駅前に『両替屋』、しかも『円=ルピー』専門店しかない事を不思議に思っているらしいが、実は之が原因なのである。 


こんな、そんなで残業は月20〜30時間。しかし、普通の会社ならば定時で終わらなきゃオカシイ、って程、単純な業務だったのに、この設備投資の無さや社風、土地柄により定時で終わらないのである。おまけに給与は『ルピー』で支払われるから、給与日には銀行で両替しなきゃならん。1ルピーが1、89円・・・約2円くらいか。面倒だった。 

私がノイローゼになるのも当たり前だ。 



で、今日から明日まで『爆弾低気圧』である。こうなると東陽町は弱い。何しろ海抜0m地帯なので、直ぐに洪水になる。 
隣町の豊洲と違い、インフラが全く整備されてないので、雨が降ると何時だって『東日本大震災』の津波のような状態になる。 

私が通勤していた時も雨が降っていたのだが、その際の写真が之である。 



(バスの車内) 


(海に沈む東陽町)

(増水した東陽町を泳ぐ豚) 

(泳ぐ象)

(洪水の被害にあった人)

(海に沈む東陽町)


(洪水を楽しむ姉妹)


こんな風になっても一応、心はサラリーマンなので出勤するのだから、東陽町住民は馬鹿である。 

雨が降ると豊洲住民は一斉にに仕事を休んでヨガをやる、と言うのに。 





(ヨガる豊洲住民) 

(ヨガる豊洲住民) 

(ヨガる豊洲住民) 


(ヨガる豊洲住民) 

勿論、主婦層などは東陽町でも雨の日は暇なので豊洲のヨガではないが雨を楽しむ。だが、其れは『身体を洗う』と言う事であり、生粋の東陽町住民は雨が降らないと身体を洗わない。 
よく、東陽町に行った人が「あの町、臭いね!」と言うが、其れは大抵、夏場であり干ばつの時期だったりする事は有名である。 


(雨に打たれる東陽町婦人会)

(雨で身体を洗う東陽町婦人会)

(雨に打たれる東陽町婦人会会長:大船真理子さん) 




中々、圧巻である。まぁ、東陽町の住民は皆、大抵、こんな感じだ。 


(象を愛する東陽町住民)


(お洒落をする東陽町婦人)

(誕生日プレゼントをもらって喜ぶ東陽町青年)


では、子供はどうか?と。所謂、ティーンのカルチャーと言うか。幸い、私はデジカメで多くの写真を撮影したので公開しよう。 
とりあえず、普通の都心の子供って言うか10代ってこう言うモンである。少なくとも豊洲はこうだった。


(豊洲の子供) 

(豊洲の子供) 

(豊洲の子供) 

(豊洲の子供) 


(豊洲の子供) 


(豊洲の子供) 


(悪い遊びを覚えてしまった豊洲の少年)

(豊洲の子供) 

(幼い頃、豊洲住民だった頃の『きゃりーぱみゅぱみゅ』)

(豊洲の子供) 





(豊洲の青年)



(豊洲の少年)


普通はこうである。だが、東陽町は違う。其処に驚いた。 


(遊ぶ東陽町の姉妹) 


(狩りの練習をする東陽町の少年) 

(銃の扱いを学ぶ東陽町の少年) 

(東陽町小学校)


(東陽町の3歳児)

(渋谷系の東陽町の少年) 

(木に登る東陽町少年)

(集団下校中の東陽町少年)

全く酷い町だったなぁ・・・。そう言えば豊洲と言えば私の友人の山崎さんは豊洲住民だったんだよな。 
その頃に知り合ったのだが、今は高知県山岳地帯に都落ち。 
豊洲時代の山崎さんはこうだった。
(アスレチックを楽しむ山崎さん)

(女友達と一緒の山崎さん) 

(退廃的な山崎さん)

(お風呂上りの山崎さん)

(出版パーティーでの山崎さん)

(出版パーティーでの山崎さん)

(出版パーティーでの山崎さん)

(ちょっとセクシー気味の山崎さん)



若干、顔が違うが女は幾つもの顔を持つものである。だが、高知県山岳地帯に住み始めてからは、これだ。 
 

(食料の調達に向かう山崎さん:高知県に住み始めて1ヶ月)

(引っ越した当初、集落のゴミの日を間違えて懲罰を受けている山崎さん:高知県で2ヶ月目)

(お洒落する山崎さん:高知県に住み始めて半年)


(最近は山岳地帯での生活に特化した身体になった山崎さん:一週間前) 


全く豊洲で働きたいもんだ。なんで東陽町なんて選んでしまったんだろうか。確か、その年は『節電』コールが凄まじく派遣会社の個室がエアコンを切っており暑さで朦朧としていた為に「YES」と言ってしまったのだが、あんな町だと知っていたら激憤していただろう。 

と言うか紹介してきた派遣会社(株式会社インテリジェンス)の営業担当者は『拒食症』だったしなぁ。夏場とか凄かったな。二の腕の骨が浮き出てたし。 
「おまえ、早く退職しねぇと死ぬんじゃねぇの?」 
と思ったもんだ。 



(豊洲)

(東陽町)
(豊洲)



(東陽町)

(豊洲と東陽町の違い)


何故、隣町と言う近い距離なのに、こんなに違うんだ! 

因みに私が命を掛けて撮影した、この東陽町写真を見て「何故か東陽町に住みたくなってしまうよ・・・」と都会生活に疲れた人が言う事がある。 
だが、東陽町は非常に閉鎖的な町なので、其処に住むためには、こう言う儀式が必要なんだとか。東陽町町内事務局にパンフレットがあったのでスキャンしてみた。結構、大変らしい。 



ペニスをカットか・・・。大変だ。