2016年9月20日火曜日

船橋キャッツアイ

第11回 ACKid 2016 2日目記録
9月18日(日)ゴク私的ダンスシリーズ4「ドクダミの傾斜」



のリハーサルと言うか稽古の為に千葉県船橋市二和と言う辺境に行ってきた。

一昨年にぶっつけ本番でやったら、余り良くなかったので今回はキッチリと詰めてやりたかった。

で、だ。

「稽古を何処でするか?」

と言う事で「大音量だったらスタジオとかで・・・」とあったが、1週間くらい考えて大音量路線は止めた。

深谷さんから

「じゃあ、うちのスタジオでやりましょう」

と言う事になった。深谷さんは『スタジオ・デューク』と言うスタジオを持っているので、其処に伺う事に。



googleマップでは1時間半と到着とあるのだが実際には2時間半掛かった。



千葉と言えば『習志野市』までは行った事がある。CDを電車内で紛失し、其れを受け取りに習志野警察まで取りに言ったのである。

大体、千葉県なんて人が済むところではない。


友人のmodosバンドが千葉在住だったのだが、千葉県ってのは想像を絶する田舎らしい。


実際に北習志野駅周辺なんて、この有様だしな。


          









因みに携帯電話はauとsoftbankは北習志野周辺では使えなくなる。唯一、docomoは通じるが電波は非常に弱い。 


通信回線が弱いため、私と深谷さんとのコンタクトは主に 


『はがき』(郵送に2週間掛かるが) 

『伝書鳩』(一番、早い連絡手段) 



の二つである。 

関東甲信越地方なのに、この文化差。 



(北習志野市)


(習志野市の風景)







『千葉県のジャガー』って人は実在していて、実際に今でも活動している。千葉県でロック・バンドをやろうと思ったらジャガーさんに気に入られなくてはならないらしい。 


で、北習志野駅から乗換えで新京成線に乗る。 

『新』とは言うが、名前だけで電車はこの有様である。





(新京成線)


(新京成線)


(新京成線)


(新京成線)






何で、『新』って付いているのにトロッコなんだよ!!! 

大体、乗車運賃を支払っているのに乗客自身がトロッコを動かさなきゃならないって可笑しいだろ!!! 

「いったい、何時になったら目的地に到着するんだ・・・」 

と不安になる。 


で、ようやく二和向台駅に到着する。 





10kgの荷物を抱えてなのでグッタリだった。 


で、練習。 


一度、通して稽古して、あとの細かい修正は本番で行う事になった。 


長いので続く。 






2016年9月17日土曜日

生れ落ちて14245日

さてさて。


39歳になってしまった。「40歳です」と言っても何の問題もない年齢である。

実を言うと職場などで年齢を聞かれる事が多い。顔が童顔の為か年齢不詳に見えるらしい。その際に38歳なのに

「37歳です」

と答えていた時期がある。アホかと思われるだろうが、なんとなく37歳である。


とは言え、年齢は隠せない。体脂肪は人並みにあるし、胃腸は相変わらず悪い。楽器も巧い人から見れば下手糞、それ以下だ。


自分が20代だった頃。


30代後半と言うのは、其れは其れは『途方もなく年上』と言うか、そう言う感じがしていた。既に楽器を手にしていたので「遥か見上げる存在」と言うか。


自分が今、そう言う存在になれているのだろうか・・・と不安に思う事がある。


私自身は20代の頃よりも遥かに『音楽』と言うモノに情熱的だと思っている。20代の頃は誰もがそうであるように、情熱とテクニックが追い付かなかった。



今はどうか?って言われると困るのだけども「出来る事」と「出来ない事」の判断が、多少なりとも出来たかなぁ・・・と思う。

私が当時、見上げていた30代後半から40代のミュージシャン達は、あの頃をどう思っていたんだろう。





で、「そう言えば29歳(10年前)はどうしていたんだろう?」と思って、懐かしのMIXIを開く。

MIXIによると私は、その日は鶯谷のライブハウスでライブだった。

その時は偽ケルト・バンドと、ジャズ寄りのファンク・バンドでのライブだった。帰りの電車の中で対バンだった『アベミキ』が溺酔していて、私に

「眼鏡だからと言って調子になるのよ!」

だとか

「オマエ!俺の隠れマニアなんだろ!」

だとか

「眼鏡ッ子萌え~の時代はあと、一ヶ月で終るんだ!」

「っは!俺は何かを勘違いしていた!」

だとか

「俺を実はストーキングしているんだろ!」

だとか

「家に来い!説教してやる!」

と怒鳴っていた。アベミキ氏はその日は偽ケルト・バンドでドラムを叩いてくれた。

帰り際にライブハウスの近所の『カトレア』と言うスナックのママが

「何ぃ?黒ちゃぁん、帰るのぉ?」

と言うので

「じゃあ、お宅に泊めてくれるんだったら留まりますよ」と言ったら











殴られた。



このカトレアのママって確か『りえ』と言う名前だった。で、何度もアプローチされたが顔立ちが私の母親の若い頃に似ているのと(髪型も似ていた)、『りえ』と言う名前は私の姉と同じ名前なので、

「クロちゃん・・・抱いて・・・」

と言われると何故か寺山修二の

『マッチ擦る/つかのま海に/霧ふかし/身捨つるほどの/祖国はありや」

と言う短歌が脳裏に流れてしまい、致す事はなかった。で、シツコイので対バンだったパンク・バンドのドラムの奴に押し付けたら、そのバンドが解散する程の爆発力だったらしく

「あー、良かった、良かった」

と思った。



最低だ。全く最低だ。


10年前が、そんな按配だから多少なりとも大人になったのかも知れない。



月がとても美しい。


10年前、練習しながら「この音よ!月まで届け!」と思いながら吹いていたのを思い出した。
当時の私には難しい音域の曲を作った覚えがある。

10年前は激しくブロウしていた気がする。

今はもっと激しくブロウしている気がする。

月まで音は届いているんだろうか。

中央警察署でDNAを採取されたり、近所の老人と揉めたり、料理の腕前が全くあがらなかったり、12時間以上も寝たり、昨日はリハーサルなのに1時間も遅刻したり、エフェクターを修理しようと思ったら、逆に壊れてしまい、古い方のエフェクターを引っ張り出したら直っていたり(ノブをグリグリと回し、ケーブルの抜き差しで直った)、愛用している下駄が激しい歩き方なので終に大破したり、『高円寺阿波踊り』で2日間、声が出せないほど叫んだり、グラインドコア・バンドに参加したり。

全く持って、一事が万事、碌でもないな私ではありますが。

皆様、もう少し付き合っていただけると幸いです。


2016年9月17日0時57分

KO.DO.NA



2016年9月5日月曜日

肺癌

どう言う経緯なのか分からないが『HAIGAN』と言うグラインドコア・バンドに参加することになった。 



5年位やっているバンドで、当初は『肺がん』だったが「縁起が悪い」と言う理由でローマ字表記になったらしい。 

で、私は何をしているかと言えばトランペットである。 

結構、グラインドコアとは無縁な楽器も多く 


『マンドリン』 

がいたりする。私が初参加の際はディジリドゥも参加予定だったがアジア・バックパック旅行から帰国してない、と言う理由で不参加。 


最初のライブはコンデンサーマイクを使用した為、周囲の音しか拾っておらず、TPの音は全く聴こえなかった。 

で、新大久保アースダムではダイナミック・マイクを使ったらなんかなった。 」




何と言うか『ランディー・ブレッカーの発狂バージョン』と言うか。そんな感じがする。 
コンプレッサーで歪せているので(コンプは使い方で歪ませることが出来る)マイルス感もあるのだが、どーも、ランディー・ブレッカー。 


で、動画を見れば判るようにメンバーは地獄の9人編成。 




だが、グラインドコアの特徴と言うか、激しい音楽をやっているはずなのだが実は皆、純朴と言うか、 

『ドラック!セックス!ロックン・ロール!』 

じゃなくて、ロックン・ロール!だけ、って言う。リーダーの酒井さんなんて酒も呑まない。 

他のメンバーは酒は呑むが異性を口説く、と言う感じでもない(童貞を失った相手と18年間、付き合っている、と言うメンバーもいる)。 

写真だと激しい感じである。 






だが、実際はこんな感じ。 



和気藹々と言うか。 



不思議なモノで、例えばテクノとかエレクトロニカって糞嫌な奴が多いんだけども(あ、アンビエントも)、音が激しくなればなる程、人格は大人しめになる、と言う妙な法則がある。 

ハードコア・パンクとか義理と人情、礼儀作法にウルサイし。 

で、グラインドコアも義理と人情、礼儀作法と、それと『縦社会』で『年功序列』である。 


一時期、『グラインドコア研究』をしていたのだが、ライブに行ってみて、年功序列&縦社会っぷりに驚いたしなぁ。 


あと、女性だと「年齢を隠さない」と言うか。 


普通、年齢って言わないのが女性だが「私、40なんだけどぉ!」とか「50にもなるとねぇ」と普通に言う。 

楽屋でお菓子をシェアして食べていたり。 

何だか青春と言うか高校生みたいな感じもする。 


ライブ中は周囲が動き回っているので、音は全く聴こえないが私もステージ前で吹いてみたり。 


ってか、変な感じがする。 


グラインドコアとかハードコアとか、ヒップホップ系の奴等って、突き詰めるとアンビエント~ドローンに行く。 

と言うか、ハードコア出身のドローン~アンビエントは結構、多い。 

有識者に言わせると 

「激しい音楽を延々と聴き続ける行為は、結果的にドローンを聴くような感覚に陥る」 

らしい。 

思えばパンクの王者『ラモーンズ』のプロデューサー(初代ドラマー)曰く 

「ラモーンズの魅力は曲が3分程度の似たような曲で、ある意味、ミニマル・ミュージックである」 

と言っている。 

私にはラモーンズの何処がミニマル・ミュージックなのか理解出来ないが。 


そう言えばアナル・カントもアルバムを聴くと1曲に5~6曲入っていて、延々と聴き続けるのと、トニー・コントラッドを聴くのと対して変わりがない気もする。 



(本国アメリカでは発音禁止のバンド名『Anal Cunt』。日本の『村八分』みたいなもんか) 
(個人的に死ぬほど好きなトニー・コントラッド) 



で、私は一応、アンビエント作家となっている。 

アンビエント系がグラインドコアに行く、と言うのは余り聴いた事がない。 

「フツー、逆だろ!!!」 

と思うのだが、何故か。 


と言うかJAMセッションやフリージャズ系に飽きた、と言うのも大きい。 

「HAIGAN』は当然だが、『曲』『コード』と言う観念がない。だから即興に近いのだけども。 

ドラムは4拍子だが、パルスと言う感じだし。 


9月はあと、2回ライブがあるのだが小岩市とか松戸市なので私は参加せず。 

次は10月である。



」

2016年9月2日金曜日

HAIGAN

久し振りの新大久保アースダムにて『HAIGAN』

観客曰く「HAIGANは『グラインドコア』と言うより『HAIGAN』と言うジャンルですね」

との事。

TPが上手い具合に響いた。
オープニングは特に意味もなく『展覧会の絵』を吹いた。

最後は『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で終わり。

始まったらメンバーの半分以上がステージにいなくて、客席とかで暴れている。

マンドリンと、TPは黙々淡々と演奏する(ステージから離れる事が出来ないセッティングなので)。
ふと、見たら酒井さんがエフェクターと言うか、ノイズの人と絡み合っているし、ドラムとマンドリン以外の人が、何処にいるのか全く分からず(アチコチ、飛び回ってい為)。

ギターが二人、と思ったらベースが二人。
サウンドチェックの時間はほぼ、全員が間に合わず。
ボーカルの一人は演奏直前(1分前)にステージに上がってきた。
編成は
ボーカル×3
マンドリン×1
トランペット×1
ベース×2
ギター×1
ドラム×1
ノイズとパフォーマンス×1

と今回も凄まじい編成。


終わってから小川直人さんと話す。
先日、書いた『米本実論』を褒めてくれた。
客席に上品そうな女性(下水道の臭いがするライブハウスには似つかわしくない風貌)がいたので気になっていたら、対バンのAmeri B.Cの母親で『関直美』さんだった。
思えば作品でしか知らなかったのでお互い、当人を観るのは始めて。
だが、息子の出演が終わったら帰ってしまったので会話はなかった。



















2016年8月25日木曜日

ニール・ヤング



結膜炎になった。




今年で2回目である。結膜炎と言うか眼球の粘膜が弱っていて、其れでコンタクトレンズを入れると痛い、と言うものである。

粘膜・・・放射能か?と思ってしまう。

幸い、今月末と9月18日以外は人前で演奏する機会はないので眼鏡で過ごすことになった。

眼鏡生活は面倒だし、ウンザリなんだが今年初めに結膜炎になった時も2ヶ月位、眼鏡生活だったので慣れてきた。

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レコードの針が折れてしまい、漸くレコードの針を買った。

CDは紛失しても別に構わない気がするのだが、レコードだけは未だに『無人島に持っていく音源』である。
SP盤は最近、トンと御無沙汰なのだがレコードの音こそが音楽の音、と言う気がする。

何と言うかスピーカーから出てくる音との対峙の仕方がCDとLPでは違う、と言う気がする。

音質を考えるとLPの方が明らかに悪いのである。これは構造的に致し方がない事で。

そう言えば5.1chサラウンドとか、ハイゾレ音源が全く流行ってないのは音響機器の金額と言うより、実は

『音が良すぎると疲れる』

と言う事なんだと思う。ニール・ヤングがmp3について

「音質が酷い」
「CDはマスタートラックのデータの15%しか再生できず、CDをMP3やAACに変換すると、音の豊かさや複雑さがかなり失われてしまう」
「ふざけんな」

と言っているが多分、マスタートラックのデータは例えば過去のメディア(アナログ盤やSP、テープ)でも15%も入っていたのか?と言う気がする。15%を何とかリッチに聴かせようと70~80年代のスタジオでは血も滲むような馬鹿げた音を作っていた。

サンハウスの『レモンティー』なんて、骨太なブルース・ロックなのに、この有り様だしな。 

   



冒頭の発振器も意味が分からんし、ボーカルにコーラスをぶっ掛けている意味も分からないし、ドラムのシンバルにフランジャーと言う世界一、ダサいエフェクターを入れているのも意味が分からない。
ニール・ヤングが聴いたら耳、鼻、口、眼球から血を吹き出しながら激怒しそうな音である。


そもそも、音楽なんて15%程度が伝われば良いモノなんだと思う。


問題は15%の密度であって、The Beach Boysの『ペットサウンズ』の『Wouldn't It Be Nice 』なんてCDじゃないと買えないが(アナログは高値)、素晴らしい音だ。 
 
 

因みに今、部屋で流している曲は私が一番、大事にしている盤で

マレーネ・ディートリッヒ『永遠の名花』

である。映画で歌った曲を、ろくにマスタリングもされずにメトロール・レコードと言う、糞どーでも良い会社(テイチク)からリリースされている盤である。

映画のフィルムから起こされた音源なので音はニール・ヤングが言う「15%」どころか2%すら怪しいんじゃないか?と思う。

当時のマイクや録音方法からして致し方がないのだが、しかし私には愛おしい音である。

火事や津波が起きたら、まず此の盤を持ち出すと思う。


音質?カンケーないね、と思う。

『と思う』と書いたが、LPじゃないと音楽を聴く気になれないのは何故なんだろうか。YOUTUBEで聴くことも可能なのだが、YOUTUBEでは聴いた気がしない。

YOUTUBEは何処まで行っても『映像記録』と言う気がする。各個人が持っている映像をシェアする、と言うか。だから音声データをシェアするのではなく、映像がメインと言うか。

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で、私事で恐縮だがCDをプレスしてリリースする事になった。枚数は200枚程度。

当初は500枚を考えていたが冷静に考えて「そんなに売れるか?」と思って200枚にした。大体、バーコードも取ってないのでアマゾンや流通に乗せることも出来ないし、ライブでの手売りや小売店で売る以外に方法がない。

NYでベンジャミンが自作のCDを1000枚プレスしていたが「一生で売る」と言う有り様。

1000枚ともなると部屋の場所と言う問題もある。

夕方頃になって近隣をリヤカーを引きながら、ラッパを吹き

「こ~どなぁ~~、こどな!こぉ~どなぁ~、こどな!KO.DO.NAのCD、いらんかぇ~」

「アンビエントでノイジーなKO.DO.NAのCD!こ~どなぁ~、こどな!」

とやり、CDを買いに来た主婦と

「ちょっと、1500円は高いから、もっと安くしないさいよ」

「いやー、奥さん。今回のCDは三陸沖から仕入れたモノばっかりでっせ!。新鮮で、生きが良いんですよ。見てくださいよ!このCDの裏!ピカピカでっしゃろ?」

「そうねぇ。此の時期のKO.DO.NAは今しか入らないからねぇ」

「そうでっしゃろ?此の時期のKO.DO.NAはアブラが乗っていて刺し身でも行けますよ!」

とヤルわけにも行かない。



大体、私の音源も一応、コペンハーゲンのレーベルからリリースされており(ituneだが)、それと同時にKODAと言うデンマークのジャスラックに登録されているのだが、私の音源が何かに使われるとは到底、思えない。


其れに売れてないだろうし。

悲しいが、そんなもんだ。

2016年8月14日日曜日

米本実と言う名の背徳

『米本実』と言う現代美術家がいる。



現代美術家でありながらも、彼をアカデミックな作家として見る人は少ない。
現代音楽家として見る人も多くない。著作が『自作シンセサイザー』についての本であることもあり、

『自作シンセサイザーの人』

だったり

『テクノポップの人』

と見る人も多い。

実際に米本氏は『system Y』と言う巨大なシンセサイザーを作っているからかも知れない。
そして、その巨大なシンセサイザーで演奏活動を欠かさない。



米本実氏のライフワーク、及び作品である『system Y』は膨張し続ける巨大なシンセサイザーである。

常に膨張しており、元々の原型は小さな金属箱に入った発振器でしかなったのだが、現在では壁一面と言う有り様である。



そして、膨張し続け、完成、と言うものがあるのか他人には判別出来ない。



本人ですら完成形が見えてない、と思われる。
見えない完成に向けて時としてシンセサイザーとは思えないようなパーツを組み込んだりもする。
本人は「シンセサイザーだ」と言う。

シンセサイザーとは何か?
電子音楽とは何か?


そう言う意味で言えば求道者である。


道を求める。


だが、米本実氏にとって電子音楽は『悟り』や『修行』ではない。あくまでもツールであり、道具である。
料理人にとっての包丁であり、鍋であり、大工にとってのノコギリや釘である。

だが、米本実氏は大工でもなければ料理人でもない。






シンセサイザーとは何か?


 電子音楽黎明期の電子音楽家達は「この世の森羅万象を表現する」為にシンセサイザーを利用していた。既存の楽器では出せない音を求めた。

その後のテクノポップや今の続くテクノの人々は新しい楽器として、または新しいダンス・ミュージックのツールとして電子楽器を利用した。

『森羅万象を表現』と言っても当時の電子楽器のスペックは其れは余りにも無理があるモノだった。例えば坂本龍一が『音楽図鑑』で森や大自然を表現しようとして、トランペット奏者である『近藤等則』から「シンセサイザーのスペックで森林を表現するなんて無理だよ」と言われているが、電子楽器と言う機材の性質上致し方がない部分もある。

米本実氏が行っている事は『自作シンセサイザー』だが、大半の人が誤解しているだが米本実氏は

『電子音楽家』

ではない。彼と接してみれば分かる事だが、実は弦楽器から鍵盤楽器まで大半の楽器は扱える。楽器の特性や使い方を米本氏は2秒もあれば掴みとってしまう。

だから、鍵盤楽器や弦楽器でも良いのだが、数秒もあればピアノなら、ピアノ。ギターやドラムの叩き方や、その楽器がもつ限界点を見抜いてしまう為、その楽器を演奏することが出来ない。

結果的に『自分が使える楽器』を作らざるを得ない。

「自分にしか使えない楽器〜理論を作る」と言う意味ではジョン・ケージが自分に和声の感覚がない事に気付き、易や偶然、自作電子楽器、グラフィック・スコアに行ったのに似ている。

だが、米本実氏は先に書いたように和声の感覚もあれば楽器の操作も長けている人物なのである。


既存の楽器にウンザリして電子音楽に行った人としては高橋悠治やデイヴィッド・チューダーがいる。


高橋悠治やデイヴィッド・チューダーに近い場所に米本実氏はいる。


だが、高橋悠治やデイヴィッド・チューダーのように米本実氏を捉える人は多くはない。



何故か?



『現代音楽』『現代美術』が持つパブリック・イメージと米本実氏が余りにもかけ離れている為である。


黙々、淡々と学術的に、アカデミックな、高尚な、そう言った『現代美術作品』と氏は対極にある。



米本実氏は音楽家としての側面が強いのだが、『米本実』と言う人物をパッケージングすることが不可能に近い事もある。

『パッケージング可能』と言うのが現代美術作品であり、米本実と言う『作品』をパッケージングする事は既存のメディアでは不可能に近い。

上記に書いたように『現代美術作品』(現代曲やパフォーマンス、現代美術などを含む)が持つイメージ。

『黙々、淡々と学術的に、アカデミックな、高尚、国家、資本』

この『黙々と淡々』がない。
しかし、作っている作品は相当にアカデミックであり、 高尚である。
既存の現代音楽など足元にも及ばない程、構築されている。


米本氏はアカデミックな作品に対して常にアンチを唱える。其れが本当にアカデミックであり、高尚であるならば、田舎の小学生でも分かる作品であるべきだ。
其れこそがアカデミズムであり、芸術である、と。


発表された際、衝撃的だった事もあり「世界で4人しか理解出来ない」と言われた特殊相対性理論と一般相対性理論だが、今では小学生でも理解出来る内容である。

その背景には、

1:それを細部まで把握している。

2:それが正しい事を知っている。

3:それを説明するための言語を内在させている。




米本実氏のライブ・パフォーマンスで、米本実氏の全容を垣間見れる事が出来る。

氏は

「これから行うパフォーマンス」

「使う機材」

「どのような背景の作品なのか」

「このパフォーマンスが私達の生活、生き方、思想をどれだけ反映しているか」

を全て説明してしまう。


難解な作品を「難解な作品です」と丸投げするのではなく、何も知らない観客を数分で『電子音楽愛好家』のレベルまで引き上げてしまう。

いや、もっと言おう。

『電子音楽、及び、現代音楽愛好家』
にまで引き上げてしまう。

米本実氏のパフォーマンスを観る前と、観た後。Before after。

明らかに違うのである。

米本実氏は説明と言う名のパフォーマンス、そして音によるパフォーマンスによって愚人を賢者に変える。

その意味で米本実氏のパフォーマンスは道教、または老子哲学に近い。


『このパフォーマンスが私達の生活、生き方、思想をどれだけ反映しているか』


アート、美術、現代音楽、現代美術、宗教、美、美学、美術。

これらが私達の生活や思想、生き方に影響している事は誰もが知っている。だが、それを言語化すること、そして再体験すること。
それが米本実氏である。






米本実氏のパフォーマンスの大きな部分は『音が出る歓び』である。


楽器をやった事がある人ならば、楽器を初めて触った時の音に感動したことがあると思う。だが、楽器を続けているうちに、それは習慣となり、当たり前の音になってくる。

楽器をやったことがない人であれば、好きな異性に触れた時の歓び、子供がいる人であれば産まれた子を抱いた時の歓び。

始原的な歓び。


米本実氏のパフォーマンスは『電子音楽』『電子楽器』『シンセサイザー』と言う人間的ではない楽器・・・作品を使って始原的な歓びを常に与える。



例えば、だが。


楽器を触った時に出てきた音。子の笑み、恋、それらは個人的な歓びである。自分にしか分からない歓びだ。

米本氏は、その歓びを第三者に伝える。

100%、デジタルで伝える。


アート、芸術、美、全ては歓びと快楽である。

快楽である以上、背徳である。
背徳である以上、罪である。
罪だからこそ、歓びである。
歓びだからこそ、自由である。
自由、それこそがコスモポリタンである。


米本実氏は背徳、罪、歓び、自由、そしてコスモポリタンを具現化する。


しかし。


米本実氏の作品は『現代アート作品』としては究極であるにも関わらず、それを『現代アート作品』と見る人は少ない。
冒頭に記したように、米本実氏をまったく見当違いなニュアンスで捉えている人が多いからである。


確かに米本実氏の作品の中には『ケースの中に水中モーターを入れて浮かべる』『シンセサイザーのケースがゼンマイで動く』と言った遊びなのか、本気なのか、気が狂っているのか、判別に苦しむ作品も少なからずある。

それと同時に『現代アート』らしからぬ『言語化』。

日本の風土、または日本人の気質としてアーティストと言うのは『黙々淡々と』と言うのが誉れとされている。此れは大昔から続く『職人的美学』なのかもしれない。

しかし、である。

生真面目に、黙々淡々と作品を作り続けた偉大なアーティスト達がどれだけ不遇な人生を送っただろうか?
高尚な、アカデミックな作品がいったい、何人に理解されただろうか?

私達は事前の説明も、情報もなくロックやポップス、現代作品を知っただろうか?
印象派やモーツァルト、バッハからロックン・ロールを何の説明もなく観る、または聞かされた際に、それを理解出来ただろうか?
それらを理解せずに生きる事が出来るだろうか?

人間以外の動物にとって花は生殖の為であり、食用でしかない。

『花』が美しい、と誰が発見したのだろうか?

その花なしに、愛する人へ言葉を伝えることが出来ただろうか?

愛する人に言葉を伝える為の言語は何処から?

愛する人へ捧げる言語こそが花であり、そして美の本質であり、始原的な快楽である。



再度、言おう。

快楽である以上、背徳である。
背徳である以上、罪である。
罪だからこそ、歓びである。
歓びだからこそ、自由である。
自由、それこそがコスモポリタンである。


罪であり、背徳だからこそ、其れを直視せずに生きようとする。

1の真実よりも1000の嘘。

1000、2000の嘘にまみれようと我々が禽獣ではなく人間でいる以上、嘘を付き続けることは出来ない。

歓び、歌い、罪に塗れ、快楽に溺れ、自由を求める。
米本実氏は、嘘八百で塗り固められた現代アートへ常に中指を立て続ける。

米本氏が突き立てる中指こそが現代アートであり、そこには始原的な歓び、原罪と言う名の快楽と背徳、罪。そして自由とコスモポリタンがある。


米本実氏は狂人かもしれない。


米本実氏が狂人として存在する社会に私達は生きている。

2016年8月8日月曜日

TOMOVSKY/カンチガイの海


ネットサーフィンをしていると時折、思い出にぶつかる。


この曲はTOMOVSKY(トモフスキー)の『カンチガイの海』である。この曲がリリースされたのは1996年だから私はまだ高校1年生頃だったかも。

多分、ラジオで聴いたのだと思う。『トモフスキー』と言う変な名前のシンガーなのか、バンドなのか分からなくて、深夜ラジオで聴いて心を掴まれた。

初めてTVに出演した時も見ていたし、ライブが衛星放送で流れた時も聴いていた。

でも、余り深入りしなかった。

なんでだろう?と思っていた。凄く好きだったし、凄く素敵な曲ばかりだったし、ライブも最高のCOOLだったし、とにかく頭の先から爪先まで最高にファンタスティックだった。

まだ16〜17歳で、世の理も知らず、何も知らなかった。



中学生の頃。

それまで単なる同級生達が、突然、『女性』になる。それに対して、まだ子供である男子は戸惑っていた。

そんな同級生だった女性にドギマギしていた。

そんな同級生達のちょっとした仕草や声、歩き方から立ち姿にドキドキしていた。
十代だから、それはリビドーに直結していた。
十代だから、そんなリビドーを嫌悪していた。
十代だから、そんなリビドーには逆らえなかったのだけども。

高校生になったが、高校は男子校だった。だから他校の女生徒にドギマギしていた。


大人になった・・・と言うか少なくとも『童貞』と言うモノが遥か彼方の出来事、まるで戦中の思い出のように、リアリティがなくなった身分になると、思えば封建的な九州大陸の、封建的な福岡県の、封建的な北九州市の、封建的なルックスの女子達に、何故、ドキドキしていたのか理解出来なくなっている。


今日、ネットでTOMOVSKY(トモフスキー)の曲を聴いたら、ドギマギして、それがリビドーになっていたのは、きっと、その

『同級生だった女性』

の仕草や、香り、仕草、表情、歩く姿、走る姿、立ち姿、それらがアートだったんだと思う。
アートと言う言葉が胡散臭いのであれば『美』だった、と言うか。

毎日、現れる『絶対の美』に対して、指先すら触れることが出来ない美に対して、眺める事さえ阻まれるような美に対して。

此方はどうする事も出来なかった。

盗賊のように奪うことも出来なかったし、イカロスのように近づく事も出来なかったし、言語化することも出来なかったし、太陽が焼き尽くすのを、眺めることしか出来なかった。太陽を眺める事が出来ないように、祈る事しか出来なかった。
だが、言葉に出来ない以上、祈る事すら出来ない。
『言葉は神と共にあられた』ワケで、此方は初期人類のように、絶対の美を前に、其れは恐怖であり、悦楽であり、猥雑であり、神秘であり。

こう言う時期ってのは10代だったから感じれたんだと思う。

『学校』と言う閉鎖的な空間もあったと思うけども、『学校』と言う機関がない時代(江戸時代や明治初期とか)でも、同じだったと思う。

当時、同級生と交際すると言うのもあったし、周囲にそう云う奴は多数いたのだけども、私はボンヤリとした・・・と言うか馬鹿だった、と言うか、その事象を眺めるのが好きだった、と言うか。

だから、『同級生だった女性』に愛の告白をしても、「じゃあ、その後はどうすれば良いんだ?」と困惑した。

初めて告白した女性の事は覚えている。

確か15歳だったか、16歳だったか。

江藤と言う中学生の頃の同級生と駅で久し振りにあったら『同級生だった女性』になっていた。

その美に圧倒された。

どうすれば良いんだろう?と思った。その江藤とSEXをする、なんて考える事も出来なかった。
途方もない美術作品と性行為が出来るワケがない。


少ないロジックで「じゃあ、愛の告白をしよう」と思った。

江藤の家の前で待ち伏せ。思えばストーカーじゃん、って感じだが90年代はOKだった。

で、江藤が学校から帰宅してきた。

江藤が「っあ」と言った。何の為に私がいるのか直ぐに察した「っあ」だった。
全身全霊の力を込めて言った


「あの・・・江藤の事が好きなんやけど・・・」


全身全霊なんだけども、声は小さい。「好きなんやけど・・・」と言った先が続かない。

「交際してくれませんか?」

「文通しませんか?(まだケータイはない時代)」

「まずはお友達から」

「バンドやろうぜ」

とか、幾らでも言いようがあったんだろうけども、それだけしか言えなかった。

江藤は俯いて

「ごめん・・・部活とか忙しいけん・・・」

と言う。

「ごめん・・・」

と言って恥ずかしい気持ちでいっぱいになって、逃げるように帰った。


帰りながら「此れが人生か」と思った。「恥ずかしい、恥をかく、と言うのが多くなりそうだな」とか。





あの頃。



『同級生だった女性』に対して性的にモヤモヤする自分が嫌いだった。何故、嫌いだったのかズーッと分からなかった。

TOMOVSKYの歌声は、其れを的確に歌っていた。それが何だか恥ずかしかった。

モヤモヤしてしまう自分が嫌いだったし、どうすれば良いのか分からなかったし、『分からない事』を理解する事も嫌だった。

今日、TOMOVSKYの『カンチガイの海』を聴き直してみたら、何だか手品のタネ明かしと言うか。

10代の私は、10代の同級生だった女性達の美に圧倒され続けていた。
でも、その態度は『美』に対して、凄く正直な態度だったんだな、って。

畏怖、恐怖、悦楽、恍惚。

それが『美』であり、それは生きる時間の中で一瞬しかない。中学生から高校生と考えると、たったの6〜5年間だ。

それまでの時間と、それからの時間のほうが遥かに長い。




何度も書くが、九州と言うのは封建的で保守的な土地である。
だから、男子は丸坊主、角刈り、ヤンキー的なリーゼント。

そんな街で「男らしくない」と言われ続けた私が(手芸とか好きだし)意中の女性と寝る事が出来るはずもなく。

でも、それで良かったと思う。



音楽、音、楽器、電子音、スピーカー、音響装置、全ては美の為。
楽器や音を操作する事は美に対して畏怖、恐怖、快感、芳香を感じる事である。


美は恐怖だ。


其れを教えてくれたのは『同級生だった女性』達。

日々、美の海で藻掻いていたのが私。






変わった
君が変わった
同じさ
変わったのは
君の中の僕だけ

君のカンチガイの海を
僕は泳いでいただけ
君のカンチガイの海を
浮かんでいただけ。

まるで神様みたいだね
まるで神様みたいだね
勝手に世界を作って
お好みのヒト住ませていた
自分勝手な神様