2012年4月8日日曜日


『OM-2日韓コラボレーション企画 チェ•スンフン×日本人俳優「希望」』


を観にいった。『OM-2』は何度か観にいっているのだが最近、組んでいる『劇団チャンパ』の方は観たことがなかった。
『劇団チャンパ』と言うよりは、その劇団の主催者チェ・スンフンとOM-2の劇団員とのコラボレーションである。



仕事を早めに切り上げて日暮里は『d-倉庫』へ。



思い出したんだが、私が初めて『OM-2』を観にいったのは『d-倉庫』だった。友人に連れられて何の予備知識もなく(名前は聞いていたが)劇場に行くと、会場には


『公演中止』


とある。で、劇団スタッフがペコペコと謝りながら殆ど無意味となったパンフや折込チラシを配っていた。
仕方がないので友人と食事をして帰った。


話によると劇場を作る際と、近隣住民の反対だとかナンダカンダがあったらしい。


次は日暮里のホテルの劇場みたいなのを借りてやっていた。そこで初めて観たのだが私は『激憤』した。

「台詞がないじゃないか!!!」

「大体、登場人物の登場の仕方が駄目だ!
静かに登場しやがって!
演劇ってのは『登場こそが演劇である』んだよ!
唐組なんて登場の仕方とか『これぞ劇的』だぞ!
『劇団野戦の月』なんて『テントの天井から登場』とか『地面から登場』とか『燃える松明を持って登場(松明の火が衣装に燃え移って役者はヤバかったが)』とかな!
『つかこうへい劇団』だったら役者が客席からマイクで『マイ・ウェイ』を歌いながら登場とか、
野田秀樹だと客席から『自転車でかっ飛ばしながら登場』とか!
あと、10年以上前に観た『新宿梁山泊』はバイクで登場ですよ!客席からぁ!演劇っつーのは


登場シーンこそが演劇


なんですよ!」

「俺は福岡の劇団に居た頃は褌だけでダッシュで登場したもんだ!」


と思ったのだが、不思議と魅力がある。激憤したは良いが、不思議と観続けている。

「そもそも、あの劇団には『台本』があるのか?」

と思っていたんだが、一度、劇団員の人に台本を見せて貰ったが大凡『台本』『戯曲』と呼べるようなモノではなく、何と言うか現代音楽の『図形楽譜』とか、そう言う感じだった。




昨年は観てない。震災があったからだ。




あの震災の時、公演やライブを中止した人も多い。私もライブが2個ほど流れた。到底、出来る状態じゃなかったし。


因みに『OM-2』はこんな感じの舞台である。

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彼是とストーリーを書いても仕方がないし、文字で伝わるなら苦労しない。なので行き成り感想。



個人的に『震災後』と言うか、其れを『鎮魂』させるような舞台だった気がする。

役者一人一人の『震災』『原発』って言うモノを見事に昇華しているような、って言うか。勿論、そうせざるを得ないから、そうしたのであってテーマと言うより必然に近い。


開演前に演出を担当した『チェ•スンフン』の文章を読むと演出なのに滞在期間は二十日間。で、日に3~4時間しか演出出来なかった上に、言葉が通じない(韓国語)と言う事に関して不満と言うか、不安が書かれていた。

「え?!」

と思ったのはチェ•スンフン氏の文章に『アヴァンギャルド』と言う単語が2回も出ている。アヴァンギャルドなんて言葉を読む、聴くのは久し振りである。


だが、今回の『チェ•スンフン×日本人俳優「希望」』もそうなんだけども『演劇』と言うジャンルは、古典をやろうと、新作をやろうと、どうしても其れはアートと言うモノでの

『最前線』
『最前衛』

と成らざるを得ない、と言う気がする。似たようなモノで映画とか暗黒舞踏もあるんだけども、やっぱり映画はテーマとするものから100年後でも良いと思う。『タイタニック号の沈没』とか、『戦国時代』とか、無駄に古い方が映画ってのは上手い気がする。

暗黒舞踏やコンテンポラリーダンスは個人的に思うのだけども00年代に急速に駄目になった、って気がする。ホンッと糞みたいになった。ハードルが非常に低いモノになったし、当事者も桁外れに低いレベルで満足するようになった、って言うか。
凄い奴は凄いけど。



観にいった日は仕事で死ぬほど疲れていて、鏡で顔を見たら凄く疲れ果てていて、恐らく脱原発デモとかに参加している私を池袋中央公園に眠る『英霊』達が呪っているんだと思うが、兎に角、疲れ果て居てた。
友人と待ち合わせしている間に日暮里駅の本屋で『ココロが楽になる言葉集』なんて言うアホな本を読もうとしていた程である。
実際に読んでみたら『ココロが楽になる』どころか「こんなアホな言葉だと逆にムカつくんだが」と思ったが。


『OM-2』がやっている事は前衛劇ではない、って気がする。上記にも書いたが『演劇』と言うジャンルはどうしても、その時代の『最前衛』となってしまうから。其れは『チェルフィッチュ』や『東京セレソンDX』も『唐組』も『SCOT』も『文学座』も同じだ。手法が違うだけで、最前衛になることに変わりはない。

だから『OM-2』の舞台を見て正直、「前衛劇」と言う気はしない。ビジュアル的に前衛だとするならば、しかし、そのビジュアルは90年代にダム・タイプが遣り尽くしたし、『ダム・タイプ』登場以前にも80年代小劇場ではメディア・イメージを使っていたし。



殆どの事は遣りつくされている


ワケで。若しも「新しい!」と思う奴がいたら、其れは単に勉強不足なだけである。



舞台の出来は非常に良かった。OM-2の看板役者である『佐々木敦』氏は登場しなかったが、それでも素晴らしい出来だった。

凄く疲れていた私は、とっても幸福だった。

子供の頃に東京ディズニーランドの『エレクトリカル・パレード』を始めて観た時みたいにドキドキ、ワクワクだった。
もう、言葉なんて要らない、って言うか無駄である。

ホンッと良かった。


因みに、今回の公演に使われるとは思っていなかったのだが、依頼を受けて一曲提供しているんだよな。実はその事をスッカリ、忘れていたんだが公演中に流れて、役者が歌っているのを観て、もうクリエイターとしての幸福感はMAXを超える、って言うか。

依頼が来て『演劇』に対して曲をリミックス(作曲じゃなかったけど)をするのは初めてで、結構、難航して

「ギゃーーー!どーすりゃいーのさーーーー!」

となって、断ろうかと思った程だった。まだ『震災後』と言うか数ヶ月しか経っていない時期で、精神的に音楽に携わるのが結構、苦痛だった。
あの日から何もかもが変わった。其れに付いていけない自分、と言うか。誰もがそうだったと思うけども、キツかった。

「もう、無理!」

とPCでの作業を止めて深夜0時に近所の『ジョナサン』へ食事に行った。確かその日はリミックス作業で一日中、食事をしていなかった。


食事が来るのを待っていたら前の席に『大友良英』が座っていた。ノートPCを前に彼是と話し合いをしている。丁度、大友良英氏が『プロジェクトFUKUSIMA』をやろうとしていた頃だった。

「だからドミューンはこー言ってんだけど」
「でも、経済産業省が」

と言った会話が耳に入る。何だか自分がマヌケに思えた。大友良英はノイズ屋なのに、既に行動と言うか音楽から離れてない。寧ろ其れ以前よりも激しくコミットしている。

俺はコミット出来てない。


其処がショックだったし、ムカついた。食事が来て急いで書き込んで自宅に戻り、作業の続きを行い3曲の依頼だったが5~10バージョンで25バージョンを徹夜を繰り返しながらやって、何とか一曲だけ採用された。

思い出の曲である。

その曲が自分が考えていた状態とは可也、懸け離れた感じで使われていて、其れがホンッと嬉しかった。

自作曲は子供みたいなモンなんだろうか?だとすると子供がいる人ってのは日々、こう言う喜びを得ているんだろうか・・・と思った。



最近は恋人には捨てられるし、仕事は面倒だし、花粉症だし、泣きっ面に蜂なんだが全てに置いて「良かった・・・」と思える一夜だった。

良い舞台は、癒しになる。




終わってからロビーで一服していると、知人舞踏家が居た。既に酔っ払っていたが「こんなもん、俺がやっているWSの子達の方が遥かに良いぜ」と言っていた。「はぁ?」と思った。

この本人の舞踏は見ているが、レベルとしては結構な低さである。散々、舞踏というストイックな表現から逃げてきた奴のダンス、と言うか。只、イベントのプロディースやWSは堪能らしい。WSと言うか国内ではなく国外が殆どが其れは単に『英語が喋れる』とか、英語での言語感覚に長けているんだろう。
しかし舞踏家としては最悪である。

大抵の舞踏家は自分より優れているモノを観る、または知らないモノを観ると罵詈雑言である。

そう言えば最近、セッション(?)した舞踏の女の子がいた。終わってから「何処かに所属とかしたことはないの?」と聴いたら

「いや・・・集団でやるほどぉ・・・わたし、馬鹿じゃないんで」

と言っていて途方に暮れた。舞踏家として面白いか?って言えば寧ろ逆なんだけども。



なんだろうなぁ。2000年頃から『舞踏』『コンテンポラリー』って若手でも、桁外れに面白くなくなった気がする。レベルが一気に下がった、と言うか。でも、口だけは達者、と言うか。


舞踏にしろコンテンポラリーにしろ、ダンスである。日本舞踊やバレエが良い例で、ダンスだけどもストーリー性がある。と言うかなければ成り立たない。
ソロの舞踏家だと、もう完全に『一人芝居』『無言劇』の様相を呈してくる。古参の舞踏家が持つストーリーって、年齢もあるのか何処かセンチメンタルでロマンチズムなんだけども、古参じゃなくても、何らかのストーリー性ってあるんだよな。

バレエも日本舞踊もヌバ族のダンスも『ある種のストーリー性』と言うのは同じだと思う。

共有すべきストーリーが今はないのかもしれない。でも、共有すべきストーリーがないなら現場から身を引くしかない。

311以降のパフォーマンスはそう言うもんだ、って気がする。


チェ•スンフン×日本人俳優「希望」では私と舞台上の役者達が持つストーリーと言うか、心情と言うか、そう言うモノが共有出来た気がする。
恐怖にしろ、其の後の再生しなければ、って言う気持ちにしろ。

感情やリビドー、はたまた恐怖にしろ第三者と共有出来る、と言うのは幸せだ。


音楽で其れを行うのは至難の業、と言うか不可能に近い気がする。

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