2015年7月30日木曜日

呪いのFACEBOOKチャットⅡ/リング~螺旋~遠藤

アホみたいだった『縫部憲治追悼 ランゲルハンス島異聞』。


全く面倒臭い公演だった。原田のオッサンはコスプレをしに来ただけだし、室野井洋子は『公開同窓会』をやっただけ。

其れで前売り2500円、当日3000円は可也、強気の値段設定である(因みに深谷&KO.DO.NAは絶賛だった。だが、誰も記録を取ってないので私は判らない)。

しかも、当日に遠藤から脅迫メールがFACEBOOKチャットで来るし。

大体、メールじゃなくてFACEBOOKチャット、と言うのがチープな感じがする。思えば統合失調症とか鬱病の人の妄想とかって『UFO』『FBI』『CIA』『謎の組織』と言ったチープな題材が多いが、そんな感じなんだろうか。

松沢病院で作業療法士助手として働いていた頃も統合失調症の子はクレヨンで必死になって意味不明なイラストを描き、「悪魔が」「天使で」「神様で」と意味不明な説明をしていたが(書道の時間に、書道で作業療法士助手の女性にラブレターを渡し捲くっていた奴もいた)、『クレヨン』と言うチープさが泣けた。
遠藤君がマトモな神経を持っているとは思えないが。



で、灼熱の阿鼻叫喚の公演が終って本日。


仕事が休みなのでPCに向かっているとメッセージ。開いてみると



またもや

遠藤 寿彦


からのメールだった。



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通報のほうは済んだのかな、ボクちゃん。

オマエは本当にダセェ野郎だな。
人にあれだけ悪態ついておきながら
いざ自分が責められると今度は指一本触れられたわけでもないのに
警察かよ。情けねえ野郎だ。

オレが金曜日に送ったメールは、
暴行予告でも脅迫でもない。

それはそもそもオマエの違法行為による
暴言に対応して書かれたものだ。

もし表現が行き過ぎてそのように感じさせる部分があったなら
その点についてだけは詫びよう。

だが警察を持ち出せばオレがビビって萎縮して
物事が終了するとでも思ったらオオマチガイだ。

そもそもそのような表現にならざるを得なかったのも
もともとオマエの違法行為および迷惑行為である、オマエのオレに対する
実名入りの誹謗中傷文(facebook上 2014年10月18日 0:25)が
極めて悪質だったからこそであり、
それに応じた怒りによってやむなく出たものに過ぎない。

すべてはオマエの自業自得だ。
根本原因はオマエ自身にこそあるのだ。
(そもそも喧嘩を売ってきたのはオマエのほうだ。)

それをあたかも自分が被害者然として
何事もなかったかのように装うのは全くの筋違いだ。

もともとそんな気はなかったが、
オマエがそれほど警察警察と騒ぐのなら
ちょうどいい機会だ。
望みどおり法と言論の場で
オマエの悪事をはっきりさせ、
他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる


もちろん記録は保存してある。
オマエの誹謗中傷文は名誉毀損罪/侮辱罪、および私的なメールの無断公開による
プライバシーの侵害として親告する。

オレの文章表現が暴力的にならざるを得なかった理由のもう一つは、
オマエが先のメールにおいて、言語的コミュニケーションを拒絶し
自己保身を図ろうとしていたことだ。

『そもそも、私が書いている文章の9割は、一発ギャグで、
それを本気にしたのは前の彼女以来ですね。皆、判って読んでいるので』
『facebookの文章って、エンドーさんfacebookをどう言うポジションとして捉えて
いるのか判りかねますが。こんなもん、ツイッターと同じで文書なんて適当ですよ。』

このように「適当に言ってるだけなのに本気にするほうがおかしい」と
他人による批判を封じておきながら、好き放題の誹謗中傷を書き連らね、
自分の発言については責任を一切負わないというのがオマエの方式だ。

このような卑劣極まりないやり方、しかもfacebookのホームという
オマエにとって有利な場に対してではまともなやり取りなど無意味に
ならざるを得ない。


ついでに言っておくが
自分が散々こき下ろした敵対する人間に対して、
自分にはありもしないのに最低限の礼儀とか作法に託つけてお門違いの
温情を要求してくるとはオマエどういう神経してんだ。

脳みそ膿んでんじゃねぇのか。
脳外科行ったほうがいいのはオマエのほうだ。

なんでオレがオマエの都合を考慮しなきゃならねえんだ。
オマエは自分の行為については
まったく無自覚なんだな。

甘えるのもほどほどにしろよ、ゴミ野郎。
オマエの脳には「恥 」という文字がねえのか。

しかも今まで追悼イベントを否定していた人間が、自分の都合のいいときだけ
「追悼公演というモノ(縫辺氏への公演)を弄ぶ事になる」
などとのたまって笑わせないでいただきたい。

縫部の「部」の字も満足に書けないバカのくせに。

それからオレの公演を観たなどと得意げに書いているが
何様のつもりでいるのか、何か勘違いして思い上がってるんだろうが、

オレはオマエに、ダンスを見る目、見る力があるなどとは
これっぽっちも思っていない。まったくの論外。

同様に、縫部の知り合いだというので声を掛けてやっただけで
それ以外何の理由もない。

無名で三流のミュージシャンもどきのゴミノイズなどに
何の用事もない。

オマエは極端に自己中心的にしか物を考えられない浅ましい人間であり、
自分に都合の悪いこと、触れられたくないことについては
ウザいと言ってればそれで済むと思ってんだろうが、
単にオレはもともとオマエから仕掛けてきたことに
合わせて対応してやっているだけだ。

それを品性がないと感じるなら、
それはオマエのようなクズのレベルに合わせているからだ。

ナメてんじゃねえぞ、この下衆野郎。
うざい × 50000回でも唱えてやがれ。
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怖い、と思った。


何処に怖い、と思ったか?と言えば矢張り此処である。

他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる

どう考えても、こう言う事を言っているようにしか思えない。


















他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる






他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる







他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる






他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる




他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる






他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる





他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる







他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる





他者の恐ろしさを存分に味あわせてやる

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 此れは本当に嫌だなぁと思う。

実際、遠藤氏と会ったのって私は多く見積もって3~4回しかない。話した時間も合計で30分くらい。

だから

遠藤 寿彦が気合の入ったガチホモではない!と言う可能性は『0』ではないのだよ!!!





大体、公演が終って5日後に此処まで・・・最早、ラブレターの領域に入っているが、送ってくるか?フツー。

どう考えても、屈折した恋心を感じざるを得ない。

だが、遠藤君はイケメンでもショタでもない。出っ歯の40代半ばの無名どころの騒ぎではない暗黒舞踏家である。
女性のファンがいる、と言う話は聴いたことがない(男性のファンがいる、とも聴いた事はないが)。



ついでに言えば私は性的にはノーマルである。男性よりは女性の方が好きだし、性行為は出来れば異性と行いたい。

よしんば、

『止むを得ず』

『如何ともし難い』

『忍び難きを偲び』

『断腸の思い』


で、同性と行う事があったとしても(例えば妹の子供が心臓病になってしまい、心臓移植を担当する医者は名医なのだがガチホモで「一発やらせなければ手術はしない!」と言われるとか)、やはり、どーしても


遠藤 寿彦とは嫌である。



遠藤氏がこう言うルックスなら、可愛いもんだ。






だが、実際の遠藤 寿彦は手書きで申し訳ないが、こう言うルックスである。






遠藤 寿彦(40代半ば/職業:不明/趣味:暗黒舞踏)


此れは私が異性だったとしても嫌だな、と思う。こう言う人にアナル・ヴァージンは奪われたくない。




しかし、考えてみると前回のブログで書いたように遠藤君は『舞踏界隈で無料で使われる』事でしか、存在意義・存在価値がない人である。

舞踏公演と言っても、劇場を借りると矢張り数十万の金が飛ぶ。遠藤君は衣装を可也、安上がりにしているので(サウナスーツとか)衣装代はさて置き、劇場は何処でも高い。

確かテレプシコールでも10万円+αだし、バビロンでも其れ相応の値段がする。
で、照明や機材を使うと機材費と言うのが発生する。此れが結構、高い。

で、告知するとなるとフライヤーだがフライヤーと言っても手書きのコピーじゃないので、其れなりの値段になる。

それ以前の稽古場の確保などもある。


で、公演を行ったら『名誉』『賞賛』『金銭』などのリターンを求めたくなるが、遠藤君には何のリターンもない。


ただ、舞台パフォーマンスって難しく考えずに『最低限』の事を行えば「なんとかなる」モンである。
ただ、彼は最低限すら出来ない。


只、『舞踏』と言うジャンルの敷居が妙な処で低い事も確かで。

知人の著名な舞踏家が言っていたが

「舞踏なんてさぁ。何にも出来ないし、何にも努力したくないって人の最後の牙城だからねぇ」

と言っていたが、まぁそんなジャンルである。と言うか、そう言う事が堂々と許されるジャンルでもある(全てではないが、そう言うスタンスでやっている人は可也、多い事は事実で。其れは音楽も同じだが)。


彼がムカついているのは、単純にグズグズでグダグダに終った

縫部憲治追悼 ランゲルハンス島異聞』

が「アイツが出るなら、俺ぁ出ねぇ!」と言ったにも関わらず、イベントが成立して・・・自分、と言うモノが必要不可欠だと思っていたら実は、そうでもなかった、と言うか。其処に対して激怒しているのだろう。


誰もが第三者に『承認欲求』を持っているワケで。


公演数が桁外れに少ない彼にすれば『音響スタッフ』として関われなかった事がイコールで『見捨てられた』感があるのかも。



人間は社会性の生物だから、群れたい。


それが普通である。

ただ、既存の社会に馴染めない、と言う人がアングラァ~な事をする(詩の朗読だったり、小劇場だったり、インディーズ系の音楽だったり、暗黒舞踏だったり)。

ただ、最終的に『何処にも所属出来ない』と言う事が出来ないと、其れこそ遠藤君みたいに

『コスパが良いスタッフ』

で終ってしまう。


ただ、普通ならば当日のイベント主催者だった岡田氏、室野井洋子に苦情を言うべきであり、私に対して言うのはお門違いだ。

恐らく彼は私に対して『ボーイズ・ラブ』的な恋心なのか(その可能性はゼロではないのだよ!ゼロでは!!!)、単なる執着心(この執着心がガチホモ感があり不気味だ)なのか、単なる『疎外感』なのか。


って、『疎外感』なんだろうが。


彼が室野井洋子や岡田氏に何故、クレームを入れないか?と言えば簡単に言えば、彼は非力で、クレームの文章を読めば判るように余り頭がキレる方でもない。

遠藤君にすれば室野井洋子や原田ノブオ、岡田氏の事が怖いのだろう。

以前、知人の(当時、50代)の男性に上記のようにキレて、逆にフルボッコにされた経験があるらしく、其れがトラウマなのか、怖くて仕方がないのだろう。

もっと言えば彼が『怖い』と思っている人に『保護』『承認』して貰いたいのだろうが、其処まで暇じゃないし、室野井洋子も原田ノブオも自分の事だけで精一杯で。


その疎外感を与えたのは私ではなく主催者である。


元々、私の参加と、遠藤の云々で悩んだ室野井洋子である。だったら私に「参加はNO」と言えば良かっただけの話である。

仕事ではないのだから。



実際、40過ぎのガキのようなブサイクの世話をしたがる奴なんて『介護従事者』『精神病院のスタッフ』くらいしかいないが。


ただ、悲しい気がする。

このメールを晒しているのは『面白いから』だけなんだが、遠藤君と言う人物を想うに何だか途方もなく悲しい・寂しい気がしてくる。


例えば遠藤君が其れなりのキャリアを積み、其れなりの固定客と評価があったら、ジャンル違いの私に激怒する事はないだろう。
しかも彼は当日、出演者ではなく『裏方』『スタッフ』なのである。

舞台スタッフはとても大事な人材だが、彼がやる予定だった事は『音響スタッフ』で、此れは誰でも出来る。

室野井洋子の音響スタッフは私がやったし、原田ノブオの音響スタッフは彼が連れてきた弟子がやったし(大体、弟子を連れてくるんだから使うのが当然である)。


其処で「誰にも必要とされていない私」と言うのに彼は直面したくないんだろうな、と言う気がする。
実際には誰も、誰かを必要とはしていないのだけども(恋人とか親友は別だが)、彼は必要とされたがっていたんだろうな、と。

其れは『縫部憲治追悼』と言う事よりも彼には大事な事でさ。

ただ、実は高度な芸術と言うモノが余りにも身近にあり過ぎる日本人にとって、必要とされる人材って簡単に言えば

『経済的価値がある人材』

でしかない。『クール・ジャパン』の枠組みに入る人材である。じゃあ、暗黒舞踏が『クール・ジャパン』に入るか?と言えばフランス以外で暗黒舞踏を手放しで喜んでいる国はない。

じゃ、フランス行けよ。フランスならばお前程度でも食えるぞ?と言いたいが、こう言う人ほど行くはずがない。


ちょっと思い出したのだが。


以前、楽器の練習をしていたらアルト・サックスを抱えた青年が話しかけてきた。
彼はサックスを買ったばかりでモダン・ジャズがやりたい、と言っていた。で、頑張って練習しているのだが・・・と言う。

1年くらいして、私に興奮して話しかけてきた。

「阿部薫って知ってます?!」

「うん。昔、好きだったよ」

「あれ、スゲーっす!!!」

と言う。で、延々と話すのだが



①モダン・ジャズをやろうと思い池袋の『マイルス・カフェ』のセッションに通う

②バップのコードがどうしても理解出来ず怒られる日々

③其処で阿部薫

④無茶苦茶やって良いのだ!

⑤フリージャズをやるのだ!


と言う『如何にも』な流れだった。

彼とスタジオに入った事があった。矢張り『阿部薫』を聴いてサックスを始めた女の子を中心に確か管楽器だけで5人。

ところが楽器の・・・と言うか、その女の子も「何をすれば良いのか判らない」「とりあえず管楽器ばかり集めたら面白いと思って」と言う。

スタジオ代が無駄になるのが嫌でミニマルと言うかドローン的な構成の曲を無理矢理、でっち上げて演奏した覚えが。

で、帰りに彼と一緒に帰ったのだが

「俺は魂を削るような、ぶつけ合うような演奏がしたいんっす!」

と言う。

「日本人は駄目だ!」

と。

「じゃあ、アメリカにでも行ったら?」

「・・・金がないっす・・・」

と言う。


彼は『阿部薫』的な生き方に憧れていた。破滅的な、退廃的な、貧乏臭い生き方に。

正直、サックスの腕前は良くなかった。五月蝿いだけだった。フリージャズ~フリーフォームと言うスタイルは彼の中ではイコールで『阿部薫』であり、『アルバート・アイラー』『コルトレーン』『セロニアス・モンク』『セシル・テイラー』『オーネット・コールマン』ではく、矢張り『阿部薫』だった

独自のサウンドを産みだそう、と言うワケではなく「如何に阿部薫のように」だった。

其れが主な目的なので告知は殆ど行わない。だから観客は少ない(1人か2人・・・其れは店のスタッフを含めた人数で)。

で、彼も年月を重ねて30代半ばになった。

明大卒なのだが、就職もしていないし、派遣と言っても安月給。単発仕事が多かったらしいが。
で、そもそも告知をしないのだから人が来るわけがない。

音楽的な評価はゼロだった。

其処で「っは!」と我に返ったらしく「貧乏生活は嫌だ」と言う事でサックスを捨て、田舎に帰郷した・・・と言うのを聞いたのが先月だった。


何だか悲しくて、寂しい気がした。


遠藤君のメールは、其れよりも寂しい。途方もない孤独感と、何と言うか地下1km位の穴の底から一人で叫んでいるような、と言うか。


ギリシャ悲劇にありそうな話だ。

だが、実話だ。

此方まで寂しい気になってくる。仕方がない事だが。













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