2017年12月31日日曜日

2017年ラスト

今年も終わりだ。


今日は姪と妹が来て、騒がしかった。普段、静かな生活なので疲れた。
今年をまとめよう。


1月:トランペットのスランプになる。楽器のスランプって誰でもなると思うのだけども、トランペットの場合は特種で「調子が出ない」とかじゃなくて本当に『音が出なく』なるのである。
もう、焦った。
なにしろ楽器の音が出ないのである。幾ら力一杯吹いても音が出ない。
1月から2月にかけては、練習したらExcelシートで練習日記を付けていた。そうやって、少しづつ治していく。
一番、効果的だったのは『トランペットの音楽を一切、聴かない』だった。だから、デトロイト・テクノとかミニマル系のテクノばかり聴いていた。
頭から『トランペットを演奏する』と言う事を外さないと駄目だった。

日記を読み直すとコンタクト・インプロヴィゼーションでも演奏している。

2月:TOMMYと日光温泉宿に行き、レコーディング。スランプからは脱出していなかったのだが、大量の酒と、TOMMYって事もあってリラックスして演奏出来たので良い録音だった。此れが切欠でスランプから脱出出来た気がする。
2回目のデンマーク渡航の話が出てきたのが、この頃か。

3月:花粉症なのでケナコルト注射。それと父の法事で帰省。法事も何回まで、ってのがあって次は10年後らしいので一旦、終了って感じか。
で、姉と共演したが、場所は老人介護施設である。対バンはトラークルハウスと言うクソ・スピリチュアル系の奴等で、死ぬほどウンザリだった。

4月:デンマーク行きが決定。4月に渡航が決まり、4月に渡航するので大急ぎで機材をチェックしたらラジカセが駄目だったので2台を購入。変圧器も買って、忙しい日々。
パスポートはまだ生きていたので良かった。
で、デンマークに渡航。
思えばハードな旅だった。生水と言うか蛇口から水を飲んでいたら下痢になってしまい、下痢が続き過ぎて風邪を引く。
そんな状態でレコーディングとリハーサルを行い、朝6時にTOMMYのスタジオからオールボーに飛行機で行き、帰りは寝台特急で5時間かけてコペンハーゲンに帰る。
翌日はコペンハーゲンでライブ。
呑みまくった日々だった。でも、行って良かったと思う。KO.DO.NAと言うスタイルに疑問を抱いていた2年間だったけども、其れが確信になった、と言うか。

5月:劇団阿彌で舞台スタッフ。
大掃除をやったら45ℓのゴミ袋が8個も出てきて「俺の部屋に此れだけのゴミが?」と唖然とした。
あ、劇団七度って言う劇団も観てんだよな。久し振りの演劇鑑賞だったのだが作風はアングラなんだけども「上手いなぁ」と思った。技術的に上手い。ああ言うのは唐組ではなかったから新鮮だった。ファンにはならないけど。

6月:コンタクト・インプロヴィゼーションで演奏。

7月:高円寺グッドマンで演奏。超満員で驚いた。我ながら良い時間を作れたと思う。ディオ曲を作ったのだが変な曲なので、森下さんに頼み込んで共演してもらった。上手く行った。
室野井洋子さんが死んだ。GTASAをクリアした。
母親が福祉のコンベンションで上京してきたので接待。浅草の寺に行き、花屋敷に行き、天ぷらを食べた。
あ、中核派の奴がオルグしにきたんだよな。あれは死ぬほどウンザリだった。連中(中核派)は政治団体とか政治運動と言うより宗教団体に近い。

8月:ヘッドフォンを買った。AKGのヘッドフォンだが流石に音が良い。同時に自分の作ったトラックの音が凄く悪い事に気が付いてウンザリした。

9月:『エリザベスがやってきた!』と言うイベントに出演。
芸能山城組の『ケチャ祭り』に行って2年連続で「辛いバナナ」を食べる役割を演じた。
あ、FACEBOOKには書いていたけども杉●丈作さんが癌で入院したんだよな。
此れは本当に怖かった。
杉田さんの事は大好きだし、舞台も好きだし、何しろ大昔に世話になっている。
で、食道癌だったんだが室野井洋子さんも縫辺憲治さんも癌で亡くなっている。
「俺が大好きな人は・・・皆、消えるのか?」
と怯えて仕方がなかった。舞台スタッフで来てくれるT氏が電話をしてくれて、彼の提案で何とかお見舞いに行けた。彼が電話してくれなかったら御見舞いには行けなかった。
御見舞いの後に矢張り不安で、奥様に電話をしたほどだったもんなぁ。
幸い、癌の手術は上手く行ったので安心した。だが、あのときは本当に怖かった。「もしかして、俺が好きな人は消える、と言うジンクスが・・・?」とすら思ったもんな。
あ、阿波踊りで大騒ぎした。
3年連続で同じ場所で大騒ぎしているので見知らぬ人からビールを3杯奢ってもらった。

40歳になった。ギックリ腰になった。ギックリ腰をやった翌日にネイキッド・フォースでライブだったので座薬を大量に突っ込んで出演。座薬と痛みでラリって演奏。
自分なりの演奏が最低限は出来たと思うけども、体調管理も演奏行為に含まれるから、此れは私にとって自分を責める意味で悪い事だった。
出来は良かった、と共演の石井さんに言われたけども、体調管理を怠っていた、と言う部分は最低なワケで、矢張り落ち込む。
でも、本来ならば歩くことすら難しい状況で演奏したんだから、凄い事だったのかも知れ行けども、其れは最低限の礼を尽くす、と言うか。
自己破産の為に少し動き始める。
あと、HAIGANでライブの際に対バンの人(誰か不明)にトランペットが壊された。あれはムカついた。
腰痛でゴルバチョフを友人に預けた。

10月:特に何もない。ライブを観に行ったとか、ネズミが出て困ったとか。

11月:江古田音楽祭にHAIGANで出演。腰も痛かったが演奏したのだが私が間違えてケーブルを抜いてしまいTPの音が全く聞こえなかった。
この頃に水泳で体重が漸く60kgになった。だが、直ぐに63㎏になった。
この体重が現在の私の適正体重なんだろうか。

12月:遠藤さんと沼袋のギャラリーで演奏。



此れは思い出深い。
ギャラリーの都合でアンプリファイが不可となったのでアコースティックで初めてソロ演奏。
アコースティックでソロって荻窪グッドマンでは2回ほどやっているんだけども、当時は下手すぎて音楽になってなかったと思う。
で、15年以上ぶりにアコースティックでソロ。
此れが凄く気持ちよかった。気持ち良かったと言うか。何と言うか。
フリージャズの人でも、普段は『フリージャズの練習』をするんだよな。それは『演奏の引き出し』を増やす作業かもしれないし、フレーズやリリックの為かもしれないし。
だから、完全即興ってのは謳えはするが実際には半分くらいは普段の練習で作っている。
12月は何も考えていなかったので本当に完全即興になった。
最初は緊張したけども(前日に風邪だったし)演奏が進むにつれて「お?!これは良いぞ!」と思った。出したい音が出る。
此れまでエフェクターを使った音を前提に考えていたけど、出したい生音が出る、と言うのは凄くファンタスティックだった。
遠藤さんとの共演も良かった。





2017年はKO.DO.NAのソロが殆どなかった。



此れは一体、何故だったんだろう。

思えば、元々、オファーが多かったワケじゃないけども、2017年は本当に一本もKO.DO.NAへのオファーがなかった。

会場がPAが使えない場所だった事もあるのだが、此れほどなかった年はない。

なんで?


じゃあ、来年はどうすれば良いのか?


、、、、、特に何もしない、と言うのが結論になってしまう。


まぁ、変えようと思ってないし。でも、活動し始めた頃に比べれば、フットワークは軽くなっている。


あ、そうそう。

活動し始めた頃よりも、年々フットワークが軽くなっている。20kgの機材に泣いていた頃に比べると、タフになってきている気もする。

多分、私は、私なりに成長しているんだと思う。馬鹿なんだけども、馬鹿ななりに、と言うか。


最近、運動不足を解消するために泳いだり、走ったりしているのだが40歳になってみると、まだ先が長い、と言う事に気がつく。
20代の頃は「ダメになったら死んでやらぁ」と捨て鉢的に思っていたのだが、デンマークでライブをやってみると音楽的な可能性は、まだ途方もなくありr、だめはなってない。
経済的、精神的にダメになって来たから今は休んでいるんだけども、この休息は決して悪いものではないと思う。

来年も良い音を作ろうと思う。


2017年12月12日火曜日

アイデンティティの問題と、いまアイドルについて語らないこと

interview with Ian F. Martin
アイデンティティの問題と、いまアイドルについて語らないこと
──『バンドやめようぜ!』の著者、イアン・F・マーティンに聞く
野田 努    通訳:染谷和美
『いまルールがわからない怖さというものを、みんなが自分らしさを探るなかで感じているんだと思う。世界中どこでもツイッターなんかでちょっと変なことを言ってしまったら受信箱にバーッと脅迫状が届くような世界だから、本当に自由に自分らしさを追求できないなかで、なにか「これに従っていれば大丈夫だ」というルールを探す、その末に行きついているのがあのアイドル文化なんじゃないかと思う。』
http://www.ele-king.net/interviews/006052/



アイドル文化に関しては難しい処があるよなぁと思う。
この「ルールが分かる」と言うのは「こっちに行けば大丈夫」って言うモノなんだと思うんだよな。
でも、それは90年代であれば渋谷系だっただろうし、70年代であれば全共闘だったんだろうし、60年代であればフォークだったんだろうし、00年代であればディレイとリバーブで音響系だったんだろうし。


アイドル論を語ろうとすると、途端に自分の馬鹿さ加減が露見するし、アイドルを持ち上げようとすると途端に自分の馬鹿さ加減が露見する。
此れに近いモノって『天皇家』なんだよな。
何処がだよ?と思う人もいるかもしれないけども

--------------------------------
普段はアイドルと縁遠い総合週刊誌でもさまざまなAKBがらみのプロジェクトが展開されている。『週刊朝日』は「AKB写真館」に続いて「AKBリレーインタビュー」と、長期にわたり連載を続けているし、『週刊ポスト』編集部と小学館は、2011年の公式カレンダーの制作と販売を任されている。
 他にも、『アサヒ芸能』のような実話誌から、「日刊ゲンダイ」「東京スポーツ」などの夕刊紙、さらには『BUBUKA』などの鬼畜系雑誌まで、それこそありとあらゆるメディアが、連載、グラビア、記事、写真集の発行といった形で、AKB人気の恩恵に預かっているのだ。
 AKBの連載をしている週刊誌の編集幹部がこんな本音を漏らす。
「AKB48はAKSという会社が運営しているんですが、ここに秋元康さんの弟がいて、雑誌対策をやっている。これまで芸能プロが相手にしなかったゴシップ週刊誌にもエサを与え、味方にするというのは彼の戦略ですね。ただ、それがわかっていても、我々としては乗らざるをえない。というのも、AKBが出ると、雑誌の売り上げが数千から一万部くらいアップする。雑誌が売れない時代にこれはすごく大きいんです」
 しかも、AKSの戦略が巧みなのは、AKBがらみの単行本や写真集などの出版権を、週刊誌発行元の出版社に与えるだけではなく、週刊誌の編集部を指名して制作させている点だ。このやり方だと、売り上げが編集部に計上されるため、編集部としてはますますAKBへの依存度が高まり、さからいづらくなる。
 実際、こうしたメディア対策が功を奏し、AKB48は今や、新たな芸能タブーのひとつに数えられるようになった。AKBにはメンバーの異性関係や運営会社・AKSの経営幹部の問題などさまざまなゴシップが囁かれているのだが、どの週刊誌もそれを報道しようとはしない。『週刊文春』『週刊新潮』だけは活字にしているが、AKBの利益共同体に組み込まれた他のメディアに無視され、完全に孤立している状態だ。】
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/month?id=60769&pg=201202
--------------------------------

って言う処。

アイドルをAKB48だけに特化するのも変な気もするが、乃木坂だろうと、何だろうと資本をバックに付けたアイドルは似たようなもんだ。

「全方位からのdisりを回避出来ている構造」

ってアイドル以外で言えば天皇家くらいなもんだ。
だから、AKB48と天皇家は現状、同じポジションである。AKBにも天皇にも

「固有の胡散臭いストーリーと歴史」

があり、其れを皆、信じている。



クラブ系や渋谷系、HMV的なモノが終わって、アイドルに流れたのは、単に『一億総ヲタ化』ではなく、信じられるモノが『音楽』ではなく、『神話』になった、と言うか。
神話は物語であり、古今東西の神話が胡散臭いモノだが誰もが信じるように、その内容は何でも良い。物語として成立していれば誰もが崇める。

ただ、その神話が経済、つまりは銭金の話が絡んでくるのでマスマス、胡散臭い。
しかし、神話と呼ばれるモノの98%が胡散臭い話だから、そんなモノなのかもしれない。


話は変わるが私はアイドルと言うのは好きじゃないけども、一度だけ友人と一緒に行ったライブで偶然、観たことがある。
『hy4_4yh』
と言うユニットだった。可愛い女の子が可愛く歌う。



だけども、私は女系家族育ちの悲しさか、ピンと来なかった。女の子が『女の子らしく』している事は、其れ自体がフェイクであることを生まれつき思いしさられているているかかもしれない。
三島由紀夫が憂国主義なのに、天皇系を認めていなかったのと近いかも知れない(三島由紀夫は現状の天皇家はフェイクだ、と言うスタンスだった)。
アイドルを語ることは難しいのだけども、その神話とか物語、共通言語を好事家達が作ったのではなく、資本側が提供したモノを「はい、そうですか」と受け取ることが『文化』と呼べるものなのか?と思う。
神話は「誰が作ったか分からない(詠み人知らず)」からこそ良いのであって、誰が作ったのか特定出来るモノが神話として成立するのか?。
仮に成立していたとしても、それを『文化』として呼ぶことは正しいのか?



2017年11月3日金曜日

疑問と愚問と鬼門

『中原中也との愛 ゆきてかへらぬ』と言うのを読むと『戦前ユース・カルチャー』が知れて面白い。
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E4%B9%9F%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%84%9B-%E3%82%86%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%8B%E3%81%B8%E3%82%89%E3%81%AC-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E6%B3%B0%E5%AD%90/dp/4044060010




戦前のユース・カルチャーって何故か記録が残ってないものが多い。
戦火で焼けた、ってワケでもないのに残ってない。
蓄音機が好きでSP盤を探すときに困るのが『記録の少なさ』である。
本当に記録がなくて泣ける。
仕方がないので、当時の人に話を聞きに行ったりしたほどで。
だが、SP盤は意外と高額な盤は殆ど無くて(消耗品だから)安い盤が多いので「ジャケ買い」で買って調べる、と言う事が可能だったが『その他の文化』に関しては資料が寡すぎる。



長谷川泰子と言う人は大正〜昭和モダンの最先端シーンをウロウロしていた人で、中原中也の元カノである。
この長谷川泰子さんが回想する『戦前日本小劇場シーン』が凄く面白い。
もう、デタラメである。
台本もスタッフもいないのにハコだけ抑えてツアーに出たり(勿論、酷い舞台だったと思うが。何しろ台本がないのである)、稽古場なのに全くの部外者である中原中也が出入りしていたり。
そんな事を嘗て所属していた唐組とか、九州のアングラ劇団でやろうものなら何千発、殴られるか分かったものではない。


『新劇』と言うのも、アングラ演劇よりアングラと言うかメチャクチャ。
築地小劇場が震災のドサクサに紛れて作られた、って言う胡散臭いハコであり、見た目は立派だが(今の劇場の元祖)何故か前後が吹き抜けで冬は桁外れに寒かった、とか。
劇団の数も多い。
昭和アングラ演劇よりも多かったのだが、夫々の劇団に演出家とか劇作家やスタッフがいた、と言うワケではなく
『とりあえず名乗ってみた』
みたいなモノが大半である。まだ、映画は歌舞伎役者がやっていたから新劇は其れこそ『好きモノ』しかやってない。
千田是也なんて舞台で大道具を破壊するようなヘボ役者だったわけだし。


戦前のユース・カルチャーはグッダグダなんだけども、長谷川泰子さんの回想だと非常に気楽で面白そう。
しかし、気になるのは戦後のユース・カルチャーは突然、レイドバックするのである。
----------------------------------------------------------------------------------------
1:師弟制度
2:住み込み
3:理不尽
4:男尊女卑
5:新興宗教を遥かに凌ぐ閉鎖っぷり
6:他は敵
7:座内恋愛禁止
8:何故か記録は多い
-----------------------------------------------------------------------------------------
此れが何故だったのか?と言う気がする。例えば舞踏なんて1959年に誕生と考えたとしても『もはや戦後ではない』時代である。
とは言え、『もはや、戦後ではない』けど食うや食わずの時代にモダン・ダンスをやろう、ってんだから尋常ではないが。
大体、世間の関心は力道山であって「モダンでダンス!」なんてなぁ、って言う。
その後にアングラ演劇なるものが登場するけども、戦後から80年代(ギリギリ、90年代初頭?)までは演劇とモダン〜コンテンポラリー・ダンスがARTの最先端だったと思う。



と言うか、間違いなく90年初頭まで『舞踏』と言うのは、その出来不出来に関わらずジャンルとして最前衛と言うか尖っていた。



そんなワケで。
当時、16歳だった私は炭鉱夫と鉄鋼業とヤクザが血で血を洗う南スーダンのような九州の僻地で『舞踏』なんぞを観て
「俺もやってみたい!」
と思った。此れやったら、俺みたいな奴でも何とかなるやないやろか?。せやけど、舞踏っち、どーやったら出来るんやろ?
と、60年代に田舎でベンチャーズを初めて聴いた中学生みたいな事を思った。
『青春デンデケデケデケ』
と言う小説があるが、そう言うニュアンスである。


其処で有識者と思われる男性に「舞踏っち、やってみたいんけど・・・」と相談すると
「下関の方に○○って人がいるけども、住み込みが前提だからなぁ」
と言われて、16歳で親元にいる私には到底、不可能な話だった。


で。

18歳でアングラ演劇を始めてしまうのだが、当時は『そう言うモン』と理解していなかったが、思えば桁外れの閉鎖性だった。
そう言部外者どころか、入団したばかりの人ですら信用ならぬ、って言う。
信用したようと、するまいとヘボ劇団であることに代わりはなかったのだが、ノリとしては『機動隊が突入する3日前のオウム真理教の第7サティアン』と言うか。
演劇集団なのに、第7サティアン。


「こんなノリはウンザリやけんね!」
「多分、トーキョーやったら違うっち思うんよねー」
と唐組に入ったら、オウム真理教どころか『他の組織と抗争中のヤクザ組織』みたいなノリで、愕然とした覚えがある。
調べてみると、私が在籍していた頃は『遥かにマシ』で、大昔は更に凄かったらしいが(思い出すだけで吐き気がするような事も)。


此れが不思議で仕方がない。
唐組だけじゃなくて、例えば白虎社にせよ、大駱駝艦にせよ、山海塾にせよ、多くの劇団にせよ
----------------------
1:師弟制度
2:住み込み
3:理不尽
4:男尊女卑
5:新興宗教を遥かに凌ぐ閉鎖っぷり
6:他は敵
7:座内恋愛禁止
----------------------
である。『住み込み』は唐組にもなかったし、舞踏グループでも持ってないと思うが(家賃は自己負担だから)、住み込み的なニュアンスは強かったよな。
で、年頃の男女がひとつ、屋根の下で何やらやってんだから男女の仲になるのは当然なのだが『座内恋愛禁止』である。日本初の
『座内恋愛禁止』
を出した劇団は早稲田小劇場。座内TOPの白石加代子が俳優を食っては捨てて、其の俳優が脱退してしまうので苦肉の策だったと思うが。


って言うか、多分なんだけども『野田英樹』とか『第三舞台』とかでも上記の師弟制度とか理不尽とか男尊女卑とか閉鎖性は変わらなかったと思うんだよな。
演劇〜舞台と言う特種な芸事をするのに、ある程度の閉鎖性が必要である事はピーター・ブルックも認めている。
しかし、『ユース・カルチャーなのに戦前よりも古い師弟制度』を導入しているのは日本だけだったんじゃないだろうか。
演劇だけではなくて、例えばヒップホップ黎明期でもyou the rockもカバン持ちなんぞをしていたし・・・ってか、ヒップホップはいつの間にか『男達の挽歌』と言うか、マッチョ感が凄くなってしまったが調べてみると昔から、らしい(スチャダラパーは例外だったが)。
クラブ音楽、ダンス・ミュージックであるヒップホップですら師弟制度。
師弟制度を否定するつもりはないのだが、日本特有の師弟制度はウンザリだ。
アングラ演劇をやっていたから分かるのだが、日本特有の師弟制度って基本的にTOPは一つの事だけを言えば良い。すわ
『NO!』
である。只管、NO!。もう、ヘタすると歩いているだけでNO!である(唐組は休憩時間に立っているだけで駄目出しがあった)。
「ったく・・・違うんだよ・・・。オメーは分かってねーなぁ」
「分かるか?分かるか?」
「盗めよ〜!」
と言った浅草芸人のような事が本気でまかり通る。



アングラ演劇、モダン・ダンス(こんなコンテンポラリーダンス)の本家はそうではない、と言う事が分かり始めたのが実は00年代である。


『NO』ではなく『YES.BUT』


たった、此れだけなんである。
因みに演劇の世界でワークショップを『ワークショップ』と名乗って始めたのは第三舞台だが、鴻上尚史はイギリスの演劇学校に留学してんだよな。だが、鴻上尚史も基本的にNO!しか言っていなかった(少なくとも80年代後半の第三舞台では、そうである)。


勿論、yes.butと言えるだけの根拠がなければ成り立たないが、日本式師弟制度だとNOと言える根拠がなくてもNOと言える。
----------------------
1:その日の気分
2:税務署から通知が来た
3:人間関係
4:天気
5:恋人からメールが来ない
6:思い込み
7:呑み過ぎ
8:なんとなく
9:言ってみた
----------------------
とか。因みに唐組にKさんと言う看板役者がいたのだが、彼が自分より立場が下の奴を叱る時の理由の9割は
『阪神が負けたから』
だった。大阪出身で阪神ファンだからなんだが、阪神はいつも負けるので常に機嫌が悪かった。





あー。書いてて「これ、ホントかよ?」って言う話が多いな。書いている自分でも思う。しかも、この話が戦前とか大正〜明治の話じゃなくて90年代後半の話なんだよな。
すっげぇな。
世界的に見れば既にオンラインの時代に、あの人間関係って凄い。
もう、第7サティアンの裏事情どころの騒ぎじゃない。


そう言えば村上隆の『カイカイキキ』も上記のような内情らしい。
岡田斗司夫が『村上隆は殴り合いながら作品作ってる!』と話していたが、実際には一方的に殴っているだけ、って言う(現代美術の人格の拗れ方はアングラの比ではない)。


ユース・カルチャーなのに、中身は安土桃山時代の宮大工のような師弟制度ってのは何故なんだろう。
此れが不思議で仕方がない。
例えば「KO.DO.NAさんの弟子にしてください!」って人がいたとして(絶対にいないけど)、そう言う人と歩いていて(そんな人とは歩きたくないが)、レコード屋とかCDショップに行って(行かないけど)、
「おいおい、なんだ?そのセレクトの仕方は・・・。違うんだよな〜。分かるか?お前、分かってるか?」
とか言うだろうか。多分、言った瞬間、幼少の頃にキャトルミューティレーションによって金星人に埋め込まれた自爆装置が発動して半径3kmが爆風で火の海になると思う。


しかし、『ユース・カルチャーなのに師弟制度になる』と言う現象は何故、起こるんだろう。

永遠の疑問符

人生40年。
近所の公園に植えられている樹木よりは短いが、江戸時代なら既に長老の年齢。
で、未だに理解出来ない事が多々ある。


1:ライブハウスに来る人の既婚率の高さ
既婚でなくとも、同棲中とか多い。寡婦のバンドマンって余り(最近は)見かけなくなった。
思えば私が九州の田舎に居た頃もライブハウスで恋人探し、って人はニホンオオカミくらいの絶滅危惧種だったが。
だが、既婚者って事は何処かで出会っているはずで多分、MIXIとかツイッターではないはずで。
そう言う人は、どうやって『ライブハウスに来ているのに寡婦』を見つけているんだろうか。スカイフィッシュを探すほうが遥かに楽な気がする。


2:アルト・サックス奏者の貧乏臭さ
此れは何度もUPしているのだが何故、アルト・サックスを演奏する人は
『サイズがあってない服』
『貧乏臭い服』
を着用するんだろうか。アルト・サックスを買いに行くと店員から
「その身なりじゃ、ねぇ?」
とか言われるんだろうか。またはアルト・サックスを習いに行くと、最初に服装について講釈を垂れられて、講師と共に『むげん道』『貧乏臭い古着屋』に連れて行かれるんだろうか。
または『Yシャツだと音のヌケが悪い』とか言う問題があるんだろうか。


3:ロックの人の『半裸率』の異常な高さ
何故かロックの人は半裸になりたがる。何故なんだ。全裸では駄目らしいし、女性が半裸ってのも駄目らしい。腹筋を見せたいのだろうか。
だが、ライブハウスであって『ボディビル会場』ではない。
ある程度、ライブを重ねると先輩バンドマンから
「おいおい、お前も集客出来るんだから、そろそろ脱がなきゃ駄目だろ・・・」
と言われるんだろうか。
HAIGANで脱いでみようかな、と思ったりもするのだが脱ぐことで演奏に影響が出るとは思えないので着衣したままである。
それは私が金管楽器奏者だからであって、弦楽器だと脱ぐと
「着衣していると音のヌケが悪い」
とかがあるんだろうか。


4:暗黒舞踏の公園でのカメラマンの多さ
此れは以前、書いたから良いかな。あれほどカメラマンが多い現場って『バードウォッチング』『鉄ヲタ』しかいない。


5:ライブハウスでのアンプが皆、同じ。
大体マーシャル、JCの2択と言う感じがする。ツイン・リバーブを使っている人もいるが、そもそも自宅で練習する時点で巨大なマーシャルを使える人は多分、僻地(限界集落とか)にしかいないし、スタジオで練習と言っても週一のはずで。
個人的にマーシャルとかJCを使うと入力は皆、彼是と考えてエフェクターを買うんだろうけど出力が同じなので似たような音になる。
あれは何故なんだろう。
同調思考なんだろうか。


6:ライブハウスでの『Tシャツ着用率』の高さ
此れも謎なんである。HAIGANで演奏していて一度、知らない人から「普通の格好の人がいる・・・と思ったらHAIGANだったんですね」と言われた。
夏→Tシャツ
冬→トレーナーとかパーカー
である。
私が知らないだけで、実はライブハウス界隈での『グレイトフルデッド信奉者』は凄まじく、皆、「嗚呼、グレイトフルデッドみたいになりたい!」と思いながらも音楽はHCだったり、オルタナだったりしてんだけども心の中では『グレイトフルデッドへの憧れ』が隠せずに
『楽な格好』
へ走るんだろうか。グレイトフルデッドへの羨望がない人はMODS系に行くしか無い、とか。革ジャンって人を私が最後に見たのは高円寺DOMスタジオで、しかもスタジオ予約のために来た人だった。
人づてに聴いた話では、その後、1年もしないうちに大麻で捕まった・・・と言うのが13年前。




色々な謎があるのだが、未だに『アルト・サックス奏者が貧乏臭い格好を好む理由』が分からない。
何故なんだろう

2017年10月29日日曜日

前世でGO!

3日前に下剤を呑んだ。




だが、4日前からお通じが悪くて、大量服用した。
もう、『オーバー・ドーズ』と言う領域である。
持論が「クスリは呑み過ぎが調度良い」と言うのがある。
良い例が『お酒』である。酔っ払う為には「呑み過ぎ」る必要がある。
酒は百薬の長だ。


で、だ。
下剤を呑み過ぎると、どうなるか?
すわ、

『前世の業を思い知らされる』

である。


生きることは苦痛であり、屈辱であり、恥辱であり、逆説的で、ナンセンスで、愚かであり、激痛と痛苦。
空海も言っている。

生まれ、生まれ、はじめに暗し。

生まれいづる悩み、と言う書物があるが悩みどころではない。

『激痛』

である。


だが、普通に生活していると、そう言った『生きる激痛』を感じることは
稀である。強いて言えば女性の『出産』だろうか。


あ、話は変わるが『ヤリマン』って女性だけのモノなんだよな。
何故かって言えば男性は基本的に『潜在的ヤリチン』なのだが、それが不可能な人も多い。だが、とりあえず男性は『性欲だけ』で性行為が出来る。
だが、女性は性欲だけでは性行為にはならない。

だからこそ、『性欲だけで性行為が出来る女性』と言うのは

『ヒバゴン』
『ニホンオオカミ』
『ニホンカワウソ』
『モケーレ・ムベンベ』
『チュパカブラ』
『ネッシー』
『ツチノコ』
『鵺』
『未だに生きているマイケル・ジャクソン』
『宇宙人とUFO』

と同じくらい貴重と言うか数が少ない。



『ヤリチンになりたい男性』は世の大半(99%)の男性である。

だから男性と女性と言うのは根本的に違う、と言うか。

だからこそ、上記のような(出産や育児のような)

『生きる激痛』

を男性が体験することは稀だ。


しかし、諦めてはイケない。哲学と思想、大東亜共栄論と陛下からお預かりした貴重な身体を、ただの『血の詰まった袋』にしては人生を2割程度しか楽しんでいない事になる。
そこで

『下剤の呑み過ぎ』

である。


もう、此れは体験した人と体験した事がない人では雲泥の差がある。
一説によると下剤の呑み過ぎを体験した事がある人と、未体験の人では年収が150万円違う、と言う。
因みに自衛隊や金融機関での昇格は『下剤の呑み過ぎを体験した事があるorなし』が大きなポイントとなる。
因みに山元五十六や田中角栄は何度も死線を超えたが、その背景には『下剤のOD』が横たわっている。
スティーヴ・ジョブズもインドで凄まじい下痢になり、苦しむトイレで考案したモノが後のiphoneである。


で、呑み過ぎたワケだが寝る前に呑んで(呑み過ぎて)朝方に発動した。
呑んだのは『ピンクの悪魔』と呼ばれるコーラックではなく『マグネシウム剤』なのだが、本当にマグネシウム剤だったのか?と思うほど厳しい。
出しながら「思えば、出るほど食ってなかったのでは?」と思うほど

『激痛あれども実ならず』

と言うか。もう、液体しか出ない。
だが、液体が延々と出る。



BL漫画を読んでいると、『受け役』がアナルを弄られて「ぬっぷぅ・・・」「くちゅ・・・くちゅ・・・」と液体を排出するシーンが多い。





実際に肛門からドロドロとしたモノを出す、と言うシュチュエーションは原則、と言うか絶対に
『救急車』
で
『緊急病棟』
なのである。
しかし、私はBL漫画の『受け役』ではない。下剤の呑み過ぎである。


何時もは2時間程で終わるのだが、今回は終わらない。
朝8時から15時まで延々と続く。
もう、BL漫画の受け役かよ?って言う状態である。
身体中から脂汗が出る。
出しても、出しても終わりが見えない。
そして腹痛。
「顔はやめなよ、ボディ、ボディ」
と言う台詞が浮かぶ。


「此れが前世の業と言う奴か」
「此れが俺の前世か」
「前世でGO!」

とか色々な言葉が浮かぶ。

途中、意味もなく唐十郎の迷著『特権的肉体論』の意味不明な一節

『痛みとは肉体のことである』

と言うのも浮かぶ。

「痛みとは肉体のことである、ってなんだよ・・・。」

とか。
だが、確かに『痛い』と言う状態は自分の身体に全神経が向かう。
普段は女のケツだとか、下らないポップスだとか、クマが人里に来て殺された、とか、どーでも良い事に目が行くものだが『痛い』と言う時だけは身体に焦点が集中する。

「俺、今だったら舞踏家になれるな。この状態は土方巽を超えてるな」

とかワケの分からない事を考える。



事が終わったのは夕方15時だった。

もう、身体中の体力、知力、運、此れまでのキャリアの全てをつぎ込んだ。
そして全身全霊で疲れた。

布団に倒れこむ。

「此れで贖罪は終わったな」

と思う。キリストが十字架に張付けられた事を考える。

「嗚呼、此れで人類の救済が終わった」

と思いながら気を失う。
・
・
・
・
・
気がついたら翌日の朝9時だった。

「あれ?」

と言う感じである。夕方15時から夜とか深夜等があったはずなのだが、記憶にない。
だが、カレンダーと時計を見ると一日が消えているのである。

此れは変な感じである。

まるでタイムスリップしたような気分だった。


『一日が消えている』

と言うのは本当に不思議な感じである。空腹感もない。物凄い時間を眠っていたし、脱水症状もあったから唇が乾いているが、喉の乾きはない。

煙草を吸うと離脱症状がある。

「やっぱり、一日以上寝ていたのか・・・」

と思った。


一日と言う時間を自分だけ先に送っているような変な感じがした。

2017年10月21日土曜日

ボギー!俺も男だ!

「男らしさ」とは何か?!




女系家族育ちの私にとって永遠の課題である。何しろ「男らしさ」である。性別でたまたま『男性』に生まれただけなのに「其れ相応の振る舞い」等が要求されるのが世の常らしい。

『男』とは何か?
『高倉健』である。
『唐獅子牡丹』である。
『ヤクザ』である。
『着流し』である。

寡黙で朴訥。一本筋が通った男。そして「やるときゃヤル!」と言う姿勢。

だが合コンやコンパ等で「寡黙」「朴訥」では済まされず、そして「やるときゃ」と言う「やるとき」は滅多に来ないし、来たとしても『事件』とか『事故』は意外と数分で終わるもんで「あ!」と思ったら終わっている。合コンやコンパでモテず、そして「やるとき」にも活躍出来ないのでは役立たずである。



幼い頃から「男らしくしろ」と言われて育ったが、女系家族育ちなので『手本』となる男性が居ない。父親は裏家業に手を染めていたが其れ以前に医学的に『狂って』いたから「男らしい」と言う感じはない。『男らしい』と言うよりは『狂っている』である。

『キチガイ』と『男らしさ』は共存できるのか?

姉と妹だったので、気がつけば私もヌイグルミを抱きしめて寝る男の子。髪型は今と大して変わらないがオカッパ。『キャンディ・キャンディ』で泣き、『リカちゃん人形』で遊ぶ私。小学校では飼育されていたメダカやウサギと語り合い、休日に『遊園地』の『お化け屋敷』ではボロ泣きしていたのが私である。

で、今でもヌイグルミで『コマ撮りアニメ』を作る私と『男らしさ』は地球とイトカワ位、離れている。



だが場所は九州であり、しかも『北九州市』である。九州は『男』の本場で、尚且つ鉄鋼業と炭鉱で栄えた北九州市の『男らしさ』は半端ではない。
私のようにヌイグルミとウサギとリカちゃん人形なんて例外中の例外である。

まず『男らしさ』を追求するスポーツと言えば

柔道
野球
骨法
剣道
相撲
武術

とされている。この6つの内、どれもしていない奴はいない。実際にリカちゃん人形でヌイグルミでウサギさんだった私ですら中学生の頃は『少林寺拳法』を習わされていた位だ(全く身にならなかったが)。

事実、ヌイグルミでウサギさんでリカちゃん人形だった私を母は『甲子園球児』にしたかったらしく毎年、甲子園を見るたびに「あんたを、甲子園で見たんやけどねぇ・・・」と溜息を漏らしている。思えば『ソフトボール』すらやらされていた。死ぬほど嫌だった。

大体、『ソフトボール』って何だ?

何故、あんな効率の悪い投げ方をすのか?
何故、バットを短く持たされるのか?
何故、一時が万事、カッコ悪いのか?
『ソフト』と名前が付いている割にはボールは硬いし。

『ゲートボール』と同じ位、意味不明なスポーツである。


だが九州の同学年の少年や青年達は日々、『漢的なるもの』を追求してならなかった。

まず『野球』である。

私の頃はサッカーはプロ化されておらず『野球』がメインだった。


『北九州市立小倉高校』の野球部はその練習方法が全国的にも独特で、日本中の球児からの憧れの的だった。

まず練習が凄い。

北九州市と言えば『鉄鋼業』だ。だから野球のボールなんて言う生温いく、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『ホーガン投げで使う鉄球』


である。それで練習を行うのである。勿論、普通のバットで打ち返していては折れてしまうので・・・と言うか『バット』なんて言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『日本刀』


である。この『日本刀』と『鉄球』は北九州市の名物でありJR小倉駅や北九州空港の『お土産コーナー』でも売っているのでご存知の方も多いだろう。
北九州市が世界に誇る『八幡製鉄所』で作られたモノであり日本刀に至っては『錆びない』『丈夫』と言う事でステンレス製である。

その鉄球と日本刀を腰にぶら下げて通う野球部員は常に憧れの的だった。


他にも練習の内容として『炭鉱掘り』がある。

『体力』や『根性』、そして『男らしさ』を磨く為に三池炭鉱にて炭鉱を掘るのである。掘る、と言っても削岩機やツルハシと言った生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。

『素手』

である。北九州市の住民の大半はアフリカの農民よりも貧乏なので、炭鉱を掘り、其の資金を学費に当てる、と言う意味合いもあったらしいが、矢張り男らしかった。

因みに高校での炭鉱掘りは所詮はアマニチュア。プロは違う。親方の下で下働き修行して3年!漸く『ツルハシ』の所持が許される。鋼の上腕二頭筋!真っ白な肌(年中、穴の中にいるので日に焼けない)!額に汗!
そして落盤事故が起きても自力で這い上がって来るのが『九州の炭鉱夫』である。会社に対してモノを言う際は勿論、労働組合なんて言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノはない。

『切腹』
『影腹』
『焼身自殺』
『カチコミ』

である。毎年、メーデーの時期になるとKBS(ローカルTV局)で座禅を組んだまま焼身自殺をする炭鉱夫の姿が実況生中継されるのが風物である。または炭鉱会社の社長が『豊田商事事件』のようにTVの前で殺されるのが風物詩である。



で、高校球児だが普段の練習の際は何故か『目隠し』をして行う。私は野球部に所属していなかったので聞いたところ

「普段、目を使わない→試合前に目隠しをとる→視界が一気に広がる→打率が上がる」

と言う事らしい。『日本刀』と『鉄球』で『目隠し』。全く男らしかった。


で、試合1ヶ月前になると何故か『断食』し始めるんだよな。あれは不思議だった。断食といってもイスラム教のような「水程度は良い」と言った生温く、女々しく、子供騙しような事はない。

『水も食事も絶食』

である。試合前に痩せこけ、干からびたミイラのような顔になっていく野球部員達は市内の憧れだった。因みに海などで「何分、息を止められるか?」「何分、潜水できるか?」も練習メニューに加えられており毎年、真冬に(何故か真冬に行うのだ)潜水練習で死んでしまう球児のニュースが風物詩だった。

『絶食』ではあるが九州男児なので『セックス』に関しては奨励されており、部員達は女学生をよく集団レイプしていた。レイプされた女学生は流石にトラウマになるらしいが市内では『目出度い事』とされている。そのレイプの際に出来た子供は寺に預けられる。ニュアンスとしては
『獅子舞に噛まれる』
と思っていただけると判り易い。断食中だし、セックスやレイプは辛いのではないか?と思うのだが

「食事を少し抜いた位でチンポが立たんようじゃ『漢』とは言えん!」

らしい。



其れが北九州高校野球シーンである。

上記を逸脱しているように見えるが、この土地では其れが当然である。



因みに北九州市で育つ男子は小学生までは『ロバ』に乗る。

中学生になってから『ラバ』に乗る。

そして高校を卒業すると親族や一族で金を引っかき集めて『馬』が送られる。

もう「漢」と言えば『馬』である。エコカーなんて冗談じゃない。車や自転車と言った生温く、女々しく、子供騙しのようなモノはない。矢張り

『馬』

である。実は馬って相当に飼育や管理が大変で江戸時代でも利用する人は少なかったのだが(一部の武士や特権階級者だけ。しかも使用する際は「物凄く急いでいる場合」「儀礼」程度である。普段は牛か徒歩だったらしい)北九州市では『馬』である。相当に大変らしいが。

因みに北九州市には全国的に有名な『競馬場』がある。其れも一因である。

そして休日には『流鏑馬(ヤブサメ)』である。あの『競技』なのか『遊戯』なのか『武術』なのか判らない意味不明な行為。其れが『漢』らしさ、である。


私はヌイグルミでウサギさんでリカちゃん人形だったので『馬』とは『農事センター』や『動物園』で触れ合う程度だったが、北九州市では『馬』は「触れ合う」モノではなく「乗りこなす」モノだった。だから必然的に親族達から送られる『馬』は相当な『じゃじゃ馬』だったらしい。「こりゃ駄目だ」と言う程、扱えない馬が馬肉とならずに北九州市に送られる。

付ける名前も凄かった。

『罵詈雑言村八分1号』
『怒髪天鬼怒裁鉄石』
『仏殺鬼天海寺業火全焼炎気炎喘息号』
『爆弾原爆水爆尖閣諸島号』
『玄界灘荒波渦潮竜巻号』
『石鉄炭石油金属皮赤黒酒号』
『海天地獄南極北極月面激流濁流洪水号』
『大雨洪水雪崩警報刑法陥没全滅殲滅獄中号』
『頭痛生理痛夜尿放屁脱糞健康害悪地獄冥土号』

もう、何と読むのかサッパリ判らない、だが『男らしい』名前が多かった。よく学校を卒業した学友が馬と共に我家に来たが垣根は壊すし、ウンコは大量にするし、嘶くし、非常に迷惑だった覚えがある。だが、丸坊主or角刈りの学友達は其れは其れは『男らし』かった。

「どうだ!之が俺の『石鉄炭石油金属皮赤黒酒号』だ。じゃじゃ馬で乗りこなすのに時間は掛かるが良い馬やけんね!」

と言う学友の懐にはピストルが一丁。

そう!高校を卒業する際に送られるのは『馬』だけではなく『ピストル』も送られるのである。北九州市の成人式は20歳ではなく独自の『市政』により18歳である。

八幡の『スペースワールド』でピストルを所持し、馬に乗った18歳男子達。『ピストル』ではなく『日本刀』の子もいる。日本刀の場合は名刀『村正』が送られる。
皆、休日には銃のメンテナンスか、日本刀を磨いているモノだった。

私は何をしていたか?と言えばヌイグルミは卒業し、猫と語り合い、音楽にウツツを抜かし、自転車で走り回る日々。

全く女々しい。



で、進学して驚いたのだが食事の際に皆『座って食べる』と言うのに驚いたいた。
北九州市では「いつ、寝首をかかれるか判らない」と言う事で皆、立って食べていたのである。だから『立ち食い蕎麦』が普通で、一般的な家庭でも皆、『立食パーティー』のように食べていたのである。そして食事は5分以内に終わる。ウンコはしない。と言うか『排便の際に寝首を』と言う事で皆、ウンコの際は可也、気を使っていたものである。

誰も居ないのを見計らい、素早く、迅速に、早急に行う。

其の為、男子達は常に『便秘』状態だった。ウォッシュレットや消臭スプレー等と言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『荒縄』


である。『荒縄』で致した後のアナルを磨くのである。だが『荒縄』を使い始めたのは私の世代からで、三歳年上の男子達は『鉄鋼業の町』と言う事で

『錆びたワイヤー』

で磨いていた。だから「お前等!『荒縄』なんかでケツを拭きやがって!そんな事だから日本は駄目になるんだ!女々しいったらありゃしない!」とよく叱られたものだ。


こんな土地なので『病』『怪我』をした際も病院にはいかない。と言うか北九州市には病院がない。少なくとも『医療機関』と呼べるような施設はない。私が胃潰瘍で医者に行った時に言われたのが

「そんなモン、根性で治せ!」

だった。当然、薬などは処方されない。散々「根性なし!」と罵倒されて追い出されるのである。
私の祖父が肺ガンで入院したときも医者は

「肺ガン?そんなもんは唾をつけときゃ治るんじゃ!」

と言い放ち、実際に一日3回、医者が祖父の胸部へ唾を吐き掛ける、と言うモノだった。当然、祖父は散々、苦しんだ挙句、死んだが医者も親族も

「癌程度で死ぬなんて根性なし!」

と棺桶に罵声を浴びせていた。



男らしさ、と言うのは大変なのである。

2017年10月9日月曜日

インドのネズミ狩り

最近、部屋にネズミが出る。




厳密には屋根裏を駈けずり回っている状態で、現物はお目に掛かってないのだが良い気はしない。
この時期は出産の時期だから走り回るのだろうが、何だか嫌なもんだが、『セロ弾きゴーシュ』を思い出す。

私がTPの練習をしていたら小ネズミが

「KO.DO.NAさん。チューチューの練習をしたいので(高い)『B』の音を出してください」

とか言ってきて、

「なんだ?ネズミの癖に。お前たちにBもCメジャーもないだろ」

「いえいえ。私も漸く世帯を構えたのですが、子供達にキチンとしたチューチュー(B)を教えないと困るのです」

「チューチューってB(シ)なのか?」

「そうなんです。ちょうど、トランペットのハーマン・ミュートを付けた状態でのBが私達で言うチューチューなんです」

「バカバカしい。ネズミに音楽を教える程、俺は暇じゃないんだ!」

「お願いします。どうか。子供達にキチンとしたチューチューを教えないとネズミ捕りにも引っかかりますし、大きくなって異性を口説く事も出来ないんですよ」

「お前達は何もかも『チューチュー』じゃないか」

「いえいえ!。KO.DO.NAさんが吹く『B』は私達にとって『ア・モーレ!』と言う意味なんです。他のキーとは全く違います」

「じゃあ、普段はなんだ?」

「Cは『眠たい』、Dは『ご飯にしよう』、Eは『遊ばない?』、Fは『寒いねぇ』で、Gは『餌を見つけた!』、Aは・・・」

「あー!もう、良い。仕方がないな。少しだけBを吹いてやる」

「有難うございます」

「シーーーーーー(Bーーーーー)」

「チューーーーー」

「ええい!バカバカしい!家賃も支払わないお前達に何で俺が音楽を教えなきゃいけないんだ!。今度は『インドの虎狩り』だ」

とインドの虎狩りを吹くのだが、原作だと猫が発狂するのだが相手はネズミなので

「情熱的な曲ですね。でも、私が欲しいのは『B』なんです。先ほどB♭になってましたけど、ちゃんと吹いてくださいね」

とネズミに言われるだけだ。



で、ネズミ対策を考えていたのだが、今日は何故か出てこない。隣の部屋の人が夜逃げしているので、このアパートにいるのが私だけなんじゃないか?って気もするのだが下の部屋には住民が一人だけいる。だから、そっちに移動したのかも知れない。


他の生物と共生するのは難しいものだ。