2013年5月28日火曜日

KO.DO.NA@YOGIGA, Seoul, Korea

YOGIGA2DEYSである。



前日にヨンジュちゃんとヨン・イー君は私の演奏を偶然、見ていたらしい。翌日のイベントの打ちあわせあり、YOGIGAに来ていたのである。
其処で漸く「KO.DO.NAって言う変なミュージシャン」と言うか正体が分かった・・・みたいな。

「KO.DO.NA!GOOD SOUND!」

とヨンジュちゃんに言われて、ヨン君も私の機材を「なんじゃこりゃ?」と眺めていたが、どう言う感じに受け止められているんだろう。

考えてみれば『携帯楽器』であるトランペットを吹くのに機材が20キロって言うのは尋常ではない。




で、イベントの内容に関しては殆ど分かってない。何しろハングル語だし、どう言うイベントなんだかサッパリ分からない。とりあえず分かっているのは

『20時位に来て』

だけである。Yukieさん達は既に別の仕事があるので、昨日で離散。


昼過ぎ位に起きて煙草を吸い、前日のフランス人女性がコーヒーを淹れてくれた。
で、彼女はデカいリュックサックを背負って釜山に行くと言う。次回、ウルルハウスに戻ってくるのは8週間後・・・なんだとか。見送る。

で、彼女が淹れてくれたコーヒーが矢鱈と美味かったんだよな。凄く美味しいコーヒーだった。

「うーん。こりゃ、彼女は今日、出て行ったから良いが長く付き合うと惚れちゃうな」

と思った。TVドラマ『Xファイル』でも、男性捜査官モルダーと、懐疑的な女性捜査官スカリーの恋の始まりが矢張り『コーヒー』だったように。

んなぁ事を考え、屋上で練習し、ボンヤリしていたら18時過ぎ。駅前で何かを食べて(多分、パンとか)駅に向う途中で肌寒い事に気がついた。

仕方が無いので一旦、ウルルハウスに戻りジャケットを着て再度、望遠駅へ。

『望遠駅』

って酷い駅名だよな、と思う。「望みは遠い」ってか。マガァワンと発音するらしいのだが、元々は貧民地区だったらしい。それで、そう言う駅名になったんだろうか。



で、再度、YOGIGAへ。


行くと何故か皆、コスプレをしている。


(日本と同じで民族衣装は既にコスプレの領域である)


他にもゲストハウスの子達もチマチョゴリ着たりしている。既に民族衣装ってのは『コスプレ』に近いのかも。

で、イベントの趣向は全く分からないんだが『マッコリを呑み捲くる』と言うか。

と言うか実は、先ほど知ったのだが一応、大義名分はあり

『文化的活動の一環として韓国の民族的な遊戯や、音楽、現在を云々かんぬし、そして自家製マッコリを呑み雑談し云々かんぬん・・・・」

とか。


因みに当日は雨。寒い。


入り口についたら受付を昨日、会った子がチマチョゴリを来てやっている。こう言う時に男性が発言して良い言葉は2つだけ。

「WOW!Beautiful!」

「OH!SEXY!」

で、既にマッコリで出来上がっているハンジュ氏。




薦められるままにマッコリを呑む。


この『マッコリ』と言うお酒は非常にヤバい酒である。軽い味わいで、どことなくエレガント。ワインよりも呑みやすく、ワインと同じくらいエレガントである。
大昔の朝鮮王朝の貴婦人、と言った感じか。

そんなワケで呑みすぎる。何杯でもイケル。「あ、酔ったかも?」となっても止まらない。

あと韓国風お好み焼き。絶品だった。







で、ライブが始まる。


ヨンジン先生と、ヨンジュちゃん、ドラムは交代しながら。

https://www.youtube.com/watch?v=n5HD9g52Lc0
(三人のセッション)

このヨンジュちゃんだがサムルノリを学んでいる。で、ボイスをやるのだが不思議と追分民謡みたいな、日本っぽい。
とても不思議なサウンドだった。

で、私。

帰国する際の飛行機の中で気がついたのだが、その日は「ショートバージョンでね」だったんだが、スッカリ忘れていて、45分も演奏してしまった。最後は最大音量にまでして流石に風邪っぴきに私も自分が出している音圧に眩暈がしたが。

皆様、申し訳ありませんでした。



最初はラジオ・ノイズ。ってか既に空腹にアルコールなので酔っ払っている。演奏していたら別の人が鐘を鳴らしながら乱入。こう言う展開は始めt。

鳥の会議はいつもどおり。

ラストはエフェクトやPAをフルテンで演奏う。

個人的にはベストパフォーマンスだった気が・・・する。

次はサムルノリ・バンド。ハンジュ氏はゴングを担当。再度、ヨンジュちゃん、ヨンジン先生、ハンジュ氏(ドラム)、私(TP)でセッション。

あとは意外と覚えてない。

最後はハンジュ氏がギターを弾いていて、途中で辞めたので私がギターを持ってフルテンにしてハウリング・ノイズだけやっていた。弾けないからフリー即興なんだけど。


出来ない楽器を弄るのって楽しい。


で、夜になり撤収。荷物は明日のテジョンに向けてウルルハウスに持ち帰る事に。


で、YOGIGAの階段を登ると皆が階段室で待ちぼうけを食らっている。雨だし、タクシーはないし、荷物は重いからタクシーを呼んでるんだが中々、来ない、と言う。




夜も良い時間になったのでビルから追い出される。すると、ハンジュ氏と団塊世代くらいの爺さんが激怒し始めた。もう、怒りのあまり掴みかからん!と言う勢い。
其れを体格の良い男性が止めている。

ハンジュ氏も「なんだとぉー!」と折り畳み傘を地面に叩きつけて・・・


傍の人に「THIS IS コリアン・スタイル?」と聞くと「YES」と言う。


ハンジュ氏が流石に切れた処でタクシーが来たので乗って帰宅。帰宅するとタクシーのメータが8000ウォンと表示されている。

皆は激しく抗議するが運転手は
「だって、メーターには間違いなく表記されている。其れに二回も往復したんだから良いじゃないか」
確かにメーターを確認しなかったのは不味いんだろうけども、皆が若いから舐められた、ってのもあったのかも・・・とか。

言い争いは続くし、面倒だったので「ここは私が払うから良いよ」と言って8000wを払い帰宅。



若い子達5~6名は一室に閉じ篭り、反省会なのか静かに打ち上げなのか分からないが、そんなのをやっている。


他には1日だけ泊まる男性と、私だけ。


二人でお猪口でお酒を呑みながら音楽の話とかする。彼は音楽ビジネスに携わっていて、昔はギタリストとしてスタジオ・ミュージシャンとかやっていたが今はビジネスだけ。ちょっと、寂しいけどねね、との事。好きなバンドは『ガンズ&ローゼス』なんだとか。

静かにユックリと呑む。


其処へハンジュ氏が帰宅。「うがー!」と叫びながら、である。で、私をハグし、噛み付く。
で、若者部屋に行って「やっとるかー!」みたいな感じ。
で、5次会なのか6次会が始まる。乗っているマッコリをガンガンと呑む。

マッコリは日本の『カレー』なんだろうか。

「もう食えないけどカレーorオニギリなら食える」

みたいな。もう呑めないけどマッコリなら呑める、みたいな感じで呑んでしまう。


次から次へと人が来てワイワイとやる。夜食を作りに来てくれた人も荒っぽい人で、またハンジュ氏が「にゃろー!」となっていたが今度はヨンジュちゃんが「楽しかったイベントの後に喧嘩j止めてよねー!」と仲裁に入る。

私も酔っ払う。隣の人に「君。大丈夫?」と聞かれるが実は大丈夫なんである。

端っこにいるアメリカ人は「俺はセックスがしたい!」と叫んでるし、何だかイカ臭い10次会だった。

三々五々、皆、帰宅する。ハンジュ氏は飲み足りない・・・と言うか「まだ、騒ぎたいのだー!」と言う感じだが、既に立てない程、飲んでいるし眠たそう。

最後は私がハンジュ氏を抱えてベットに連れて行って寝かせた。




で、ハンジュ氏が老人と喧嘩している理由を後日、聞いて驚いた。


韓国って基本的に手酌はNGなのである。注がれる側は両手で器を持つ。で、酒を出される、ってのがデフォルト。デフォルトと言うか、最低限のマナーらしい。
だが、その日は手酌に近いものだった。

それに対して初老男性が「おい!酒の注ぎ方がなってねぇだろ!ぼけぇ!」となり暴動となったらしい。


激しい国だ。

2013年5月25日土曜日

YOGIGA1日目



翌日はYOGIGAギャラリーでライブ。




《キム・ヨンジン個展“音を描く”祝賀公演》 
5月17日(金) pm8:30 ソウル弘大 弘大 Yogiga Gallery Tel.02-3141-2603 
http://yogiga.com 
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、キム・ヨンジン・バンド(キム・ヨンジンb,vo+佐藤行衛g+伊藤孝喜ds) 


である。ヨンジン先生とは前日に少しだけ会った。
ハグし合うと枯れ木のような身体(其れを友人に話すと「老け専の私には溜まらない男だねぇ」だそうで)。

その日は何故か朝5時くらいに中途覚醒、って感じで目が覚めた。するとゲストハウスの男の子と、女の子が暗闇の中で愛を語り合っているのである。

渡韓前に『トラベル韓国語』みたいなモノを買ったのだが発音が難しすぎて

「これは人が使う言語なのか?」

「こんな言語で愛を語り合えると言うのか!」

と思っていたのだが、実際に私の直ぐ傍で語り合っている。

昨晩、寝ていると突然、朝6時に目が覚めた。ゲストハウスのメンバーは朝まで呑んでいて(打ち合せ兼飲み会?)朝方に寝る予定だったらしいが、だが寝ている私の横で



キスの音
甘い声 
発情した空気 
ネッキング 
ペッティング 
濡れた囁き 
仄かな緊張感 



が伝わってくる。 

二人は若い。25歳らしい。

「これでSEX始められたらかなわ無いなぁ。」 

実は私はトイレに行きたかったのである。 

若き肉欲を横にトイレに行く程、野暮にはなりたくない。 

劇団時代、合宿先でセックスしているところを目撃された時の恥ずかしさったらなかったもんである(お陰で劇団をクビになったが)

困っていると、一応、二人はSEXはしなかった。 
彼の方が先に眠ってしまったからである。 


「ハングルで愛を語り合う事は可能なのか・・・」と思った。確かその晩は何故か朝まで呑んでいたから『酒の勢い』って言うか、そんな感じなんだろうけど。

ゲストハウスに常時、寝泊りしている位だから多分、皆、裕福な家の子なんだろう。普通、例えば貧しい農村の家の次男とかで、

「おら、こんな村嫌だ!」
「ソウル駅でベコ(牛)引くだっぺ!」

と言う事でゲストハウスに住み込む、ってのは考え難い。

で、二人は25歳。

まだ若い。そう言う『育ちの良さ』『若さ』が最終的に「Hしない」と言う事になるんだろうか。と言うか私が25歳の頃は後先考えずに『致して』いたのだが、考えてみるとヨン・イー君とヨンジュちゃん、あと実はもう一人、同い年の女の子がいる。3人は兄弟姉妹みたいに仲が良い。
だからヨン君がヨンジュちゃんとHしちゃうと、もう一人の子が『アブレちゃう』ワケである。その辺の兼ね合いなんだろうか。
または『儒教的精神』なんだろうか。

其れを友人女性に聞くと「韓国では『婚前交渉はNO!』と言う人は一定数いるそうで。それなのかも?」らしい。
しかし、ヨン君に聞くと「女友達も沢山いるし、不自由はしないけども恋愛関係にはならない」と言う。

で、今、思い出したのだが考えてみると3人は共同生活なのである。


思えば


連合赤軍にしろオウム真理教にしろ『恋愛』ってのは、どうしても共同生活の中でネックになってくるワケで、それについて打開策を唯一、日本国内で出したのは『バグワン・ラジニーシ』だけだったのかも。あそこは昔は洞窟の中で集団セックスなどやっていたんだそうで。今はやってないけども入信するにあたって『性病検査』が必須項目なんだとか。

・・・と思ってハンジュ氏に「ゲストハウス内恋愛は禁止なの?」と聞くと「んなぁ事ぁない」らしい。



因みに。


二人が発情した声と、触れ合う唇、濡れた空気の際、私はトイレに行きたくて仕方が無かった。「之でセックスされたら厳しいな」と思っていたのだが、何事も起こらなかったのでヨン君が寝て30分後にトイレに行ったらヨンジュちゃんが、まだ台所にいた。その時に

「ギク!」
「げ!起きていたのか!」

と言う表情をしていたんだよな。あの表情は笑いそうになった。





再度、寝て、起きたら11時に起きて、用意して堂山駅へ向かう。




駅の出口でYukieさんとアカイさんと待合せていたから。
行くとYukieさんが居ない。病院に行っていて少し遅れるらしい。実は私もYukieさんも、最終的にはアカイさんもコーキさんも風邪を引いてしまったのである。
アカイさんも具合が悪いらしく薬局で薬を買っていた。

「韓国の薬は効きが良い」

とアカイさん。私は実は解熱剤とエスタック。Yukieさんは満身創痍・・・・Yukieさんに関しては365日中、360日は満身創痍なんだが・・・である。

町を歩く人が半袖で歩いている、と言うのにジャケットを着ているのは私達くらいなもんだ。


会場に向かい、前日の反省を生かしてエフェクターはセッティングしっぱなしにしておいた。





ヨンジン先生のリハの演奏を聴いてビックリした。ウネウネとしたベースとウネウネとしたボイス(エフェクトを掛けているのでボーカルと言うよりボイスに近い音色)。

「こりゃ、韓国のマイルス・デイビスじゃん!」

と思った。もう、キーとか無茶苦茶な気がする。ベースはフレットレスだし。一応、全曲、Eマイナーなんだが呪術的なサウンドと全曲1コードって言うのが、それだけでご飯、どんぶりで三杯である。





Yukieさんとコーキさんがバックを勤めるのだが超絶技巧のYukieさんですら、ケッタイナなサウンドに難儀していて(体調不良もあったけど)、空き時間に練習していたほどである。


帰国してYOUTUBEで発見したんだけどもノイズ・パフォーマンスも行う人らしい。年齢的に韓国の最初のヒッピーって感じなんだろうか。

後で聞くと70年代に女性ボーカルにブルース・バンドでデビュー。ブルースって言うか日本で言うとカルメン・マキ&OZとか、ジャニス・ジョップリンみたいなバンドだろうか。

その後はスタジオ・ミュージシャンとして活動だったんだとか。

空き時間にちょっとだけヨンジン先生、アカイさん、私でセッション。



オーナーのハンジュ氏にも挨拶。もっと年配の人かと思ったら意外と若くて驚いた。

(何故かご機嫌にギターを弾き捲くっているハンジュ氏)




このハンジュ氏は別の人に言わせると

「ヒッピーでもあり」

「パンクスでもあり」

「厄介で喧嘩っぱやい人」

らしいんだが、私は馬が会う。何故か一発で好きになった。厄介で面倒な人が私は好きなんだと思う。


あ、その前に「昼飯を食おう」となって、アカイさん、Yukieさん、私でタクシーに乗り中華料理店街に行く。
韓国で中華料理?と思ったが、日本の中華料理店に行くと『中華』を名乗っているにも関わらず『オムライス』『豚の生姜焼き』等があるように韓国風に可也、大胆にアレンジされているらしい。

演奏前は辛いモノが食べれないので(唇に刺激を与えると演奏に響く)ジャージャー麺にした。頼んでみてビックリしたのだが全然違う。

(韓国のジャージャー面)



そしてYukieさんは『チャンポン』を頼んだのだが、私が知っている『チャンポン』とは似ても似つかないモノが出てくる。

(韓国風ちゃんぽん)



(豪快に食べるYukieさん)




「豪快な料理を豪快に食う!之が韓国食の食べ方なんだ」

らしい。確かに豪快な料理だった。ジャージャー麺は辛くは無かったが可也、好みが分かれる料理だと思う。不味くは無いのだが、正に「未知の味」と言うか。

しかし、不思議なのは私は実は

『エビ、イカ、タコ、シャコ』

が食べれない。イカはギリギリでOKなんだがエビに関しては言語道断なんである。食べると吐き気がする。アレルギーってワケじゃないんだがエビの『風味』がどうしても身体が受け付けない。

しかし韓国ではスイスイと食べれる。何故なのか分からないが美味しい。






で、会場で待つ事暫し。


お客さんも来て最初に私が演奏。前日は使わなかった・・・と言うか当初は使う予定ではなかった『プリペアド・オルゴール』からスタート。

で、普段どおりにエフェクターも動いたし、綺麗に出来た。









最後は爆音で演奏。

終わってからヨンジン先生と仲が良さそうな紳士から「ワンダフル・トランペット!」と褒められた。ちょっと、嬉しい。

で、ヨンジン先生とYukieさん、コーキさんユニットで演奏。

矢張り呪術歌だよなぁ、と思った。ベース、ドラム、ギターと言う編成だからロック的なアプローチなんだが、どうしても呪術的な感じがする。

エフェクターを繋いでいるが、其れだけが呪術的サウンドと言うワケでもない。


何とか無事に韓国公演をキチンと出来て良かった・・・とマッコリを呑む。勝利の美酒。


Yukieさんとコーキさん、アカイさんは明日の朝が早い、と言う事で早々に帰宅。


で、現地で友人になった森さんも来てくれていたので雑談なんぞをして、一緒に帰った。

「何か食べます?」

となったので、二人で食べる。


YOGIGA周辺って『若者お洒落スポット』なんである。騒がしい代官山、と言うか。下北沢と、代官山と渋谷と池袋と高円寺がごちゃ混ぜになったような感じ。

『パスタ』

とか、洋食系の店が多い。

「韓国でパスタとはねぇ・・・」

「皆、日々、辛い料理を汗だくで食べているかと思っていたんですけども」

「ねぇ。あの店(ちょっとお洒落なカフェ)で『じゃあ、犬肉2人前!』とか言ったら、殴られそうな勢いですよね」

「あ、でも、こう言う店で皆、何を食べてんだろう?と思って前日に観察していたんですけどもね?カフェテリアみたいな、テラスのある店で女の子二人がフライドポテトと、フライドチキンがテーブルにあるんですよ。でも、手前には矢張り『キムチ』があって」

「キムチは欠かせないんですかねぇ。」

「ナニハトモアレ、『キムチ』に始まり『キムチ』に終わるのかも」


途中で森さんが「あ、そうそう。この近所で凄い店を見つけたんですよ!」と言うので着いていく。

其れが之。









この建物は2個あって、一方は名前が『京都』、一方が『東京』と言う名前なのである。地震とは無関係な韓国だからこそ作れる建築と言うか、殆ど木の棒を立てただけ、みたいな構造である。日本だったら建築法違法で音速で処罰になってしまいそうな感じである。

で、『京都』では何を食べるのか知らないが『東京』には看板に『美味しい東京焼き』と書いている。

「東京特有の焼き料理って何かありましたっけ?」

「其処なんですよね~w。分からん!」

そう言えばNYにも『神』と言う名前の店があったが、そんな感じなんだろうか。遠くて近い国、韓国・・・・。


最終的に二人で『豚焼肉』の店に入って食べる。

やはり美味い。兎に角、美味い。

豚とか牛とか捌かせたら韓国人の右に出る民族はいないのではないだろうか。


不思議なのは普通、焼肉と言うかホルモンとか豚とか、そう言う店って日本だとオッサンとかサラリーマンが支配しているが、韓国では普通に若い女の子(セクシーな格好)とか、フォーマルな格好をした男性がいたりするのである。
韓国の男性は流行なのか、韓流アイドルみたいなマッシュルームカットと言うか、前髪を下ろして横に流す、みたいな髪型が多い。

普通の子から、肉屋のアンちゃんまで、似たような髪形なのである。こんな感じの。




こう言う感じの男性も豪快に豚を食っている。豚肉はドカン!と豪快に出る。其れをハサミで切って分けてキムチだとか、ご飯だとかをレタスのような葉っぱに撒きつけて食べる。美味である。

森さんもそんなに飲む人じゃないので水で乾杯。



帰りはタクシーでウルルハウスに戻る。


ウルルハウスに戻るとセラムと言うフランス人女性が居た。
お互い自己紹介をする。

と言うか私はゲストハウスを利用するのは初めてだったのだが、普通は「こんにちは」みたいな感じで皆に自己紹介するんだろうか。

どうも話を聴くと私が泊まった初日の朝にヨン君が
「彼が昨日から泊まる事になったKO.DO.NAだよ」と皆に紹介したらしいのだが、私は寝ている。
なので、皆で私の寝顔を「へー」と観ていたらしい。


で、このフランス人女性は韓国の伝統舞踊を学んでいるらしい。2日前か1日前か『仏様の日』ってのがあって、坊さん達がパワースポット的な山を念仏を唱えながら登る。で、彼女も其れにくっ付いて踊りながら登ったらしいのだが

「登りで45分もあって流石に疲れた」

と言っていた。お互い同い年。

「おー、今日は珍しく10時に帰宅できたなぁ。ゆっくり休もう」

と思ったら、この女性が




政治家の如く、ベランベランとよく喋るんだな!!!!




バックパッカーでもあるので、日本にも何度も来ているんだそうで。で、彼是と永久機関の如く喋る、喋る。

フランス人ってのは大抵は自己主張が激しい。爆発した原発の如く『自分の事だけ』を延々と話す。

「喋るMOX燃料」

と言うか。YOUTUBEで彼女のダンスを見せられる。

「もう一人のダンサーは私のパートナーだった人なの。でも、最近、別れたんだけど良い友人」

「この公演はレクイエムなの」

だとか彼是と言う。

「Rちゃん、Sさん、Oさん、皆、日本最高のミュージシャンよ!」

と言う。


「はぁ?アホか。S氏が日本最大?んなワケねぇだろ。日本最大は池上秀夫って決まってんだよ。糞が。RICOちゃん?誰だよ。ピアニストだったら新井陽子!。 ってか俺はお前の自慢話を聴く為に帰ってきたワケじゃねぇぜ」

と言いたくなったが事は荒立てない方が無難だ。

「hahahaha....yes,yes」

とお茶を濁す。

「do you sumoke?」

と言うので一緒に煙草を吸う。

「どうしてフランスで活動しないの?フランスの方が面白そうだけど」

と聴くと

「フランスなんて詰まらないわ」

と言う。

「YOGIGAで演奏するの?」

「ええ」

と言うと彼女は、どちらかと言えば前衛パフォーマンスよりもスピリチュアルなモノへの興味があるらしく、今はYOGIGAとは距離をとっている、みたいな事を言う。

彼女が用意してくれたお酒は美味しいんだけどねぇ。

で、煙草(パイプ)を吸っている間も『喋る福島第一原子力発電所』は止まらない。なので、空きを見て

「ソーリー。I wont bas」

と言って逃げた。

シャワーを浴びてベットでクッキーを食べながらipadを弄っていると、ちょっとした夜食を出してくれた。

で、翌朝はコーヒーを淹れてくれた。彼女のコーヒーは美味しい。

「今日から釜山に行くの。8日間ほどね。また会いましょう!次は東京で!」

とハグし合って終わり。6月に中野のスペースで彼女は踊るらしい。行くかどうかは全く未定である。

「鬱陶しい人だったなぁ」

と思うが、憎めない。まぁ、大抵の人間ってのは鬱陶しく、そして憎めないモノである。



そう言えば煙草を吸っていたらヨン君とヨンジュちゃんも来た。で、彼女は『お姉さん的』ポジションらしい。年齢が10歳も違うんだもんなぁ。

あと、ヨン君とヨンジュちゃんは偶然、その日の私のパフォーマンスを見ていたらしい。

「KO.DO.NA!今日の演奏、凄かった!」

と言われる。照れてしまい「サンキュー」とだけ言う。


で、寝たのは結局、夜中の3時になった。その日も泥のように眠る。























2013年5月24日金曜日

サラダブーム劇場/韓国電力事情

初日はソウルの小劇場でライブだった。





前日に風邪でグッタリし、帰宅したのが夜中の1時過ぎ。で、ヨン・イー君がゲストハウスの使い方と言うかルールを教えてくれる。
だが、酔っ払っていたのでシャワーを浴びようと思ったら『お湯』が出ない。仕方が無いから水浴び。
ちゃんとお湯は出るんだが、仕方が無い。

で、泥のように眠る。

予定ではYukieさんが連絡してくれるはずだったが、間違えて携帯電話の電源を切っていたのでYukieさんが直接、ゲストハウスに来た。

「おい!KO.DO.NA!起きろ!」

「は!はうはうはうううう・・・」

と這うように起きて寝癖を直し、コンタクトレンズを入れて着替えて現地へ向う。




劇場に到着して劇場オーナー等に挨拶。



因みに私が知っているハングル語は

『アニョハセヨ』
『カムサムニダ』
『サランヘヨ』
『アイゴー』

だけである。之で他国でライブをやろうってんだからフテブテしい。


演奏はナタリーと言うダンサーとYukieさん(gt)、コーキさん(パーカッション)、其れと私。


劇場なので演劇以外・・・つまり音楽イベントは初めての試みである。Yukie氏はこの劇場の音楽監督をやっているので、ちょっと緊張気味。


Yukieさん達がセッティングする前に私がセッティング。すると、どうもオカシイ。


変圧器はヨドバシカメラで購入したのでエフェクターは動くのだが、演奏中に漏電ブレーカーが落ちる。何度も落ちる。

電気屋が来て直す。

また落ちる。

電気屋が来て直す。

「何で?」と言う感じ。大音量と言っても音楽機材が食う電力量なんて実は微々たるものである。

「うーん」

と思っていたらYukieさんが天才的な発見をした。


「KO.DO.NA!お前の変圧器だよ!」

「・・・え?」

「この変圧器は韓国じゃ使えないんだよ。之がショートしてブレーカーが落ちてんだ」

「えーーー!!!でも、日本で韓国用で買ったんですけど」

「違うんだよ。日本国内に韓国で使える変圧器は実は『売ってない』んだよ」

「え?!」

「プラグは確かにCタイプなんだが韓国のプラグと普通のプラグは太さが違うんだよ。それで細いプラグでバチバチとショートしちまうんだ」

「とほほー!」


此処で私が言いたいのは




韓国で使用出来る変圧器は日本国内には売ってない




と言う事である。だから韓国でライブだとかをする際は現地で買うしかないのである。

之は『地球の歩き方』にもネットにも乗ってない事実である。ってか私も事前にネットや書籍で調べたのだが、そんな事は何処にも記載はなかったしなぁ。

で、変圧器を電気屋から借りてリハ終了。

「お客が来ない!」

とYukieさんは焦っていたが15分押しで始めてみたら満席になった。




1stセットはYukieさんとコーキさん、ナタリーの即興パフォーマンス。ナタリーさんのパフォーマンスはダンスと言うより日本舞踊のような趣。
Yukieさんもノイジーな音を出し捲くる。得意のスプーン奏法やテーブル・ギター等を駆使する。

満場の拍手で終了。





で、私。


リハが終わってからケーブルを抜いていたのだが、入れてみると音が出ない。


私が使っているエフェクターの台数は8台。組み合わせなんて無茶苦茶で、殆ど『音が出れば良し』みたいな感じ。
ってかリハの段階でエフェクターが一時的に壊れたのでYukieさんに、また『切腹』し、臓物を引っ張り出しながらお願いし、リバーブを借りた。

なので演奏前の食事はまた『ホルモン焼き』である。

切腹でお腹が痛いとは言え、音が出ないのである。出ない、と言うか物凄く遅れて音がやってくる。

原因が何か分からない。既にライブはスタートしてしまっているし、之から機材を一台一台、チェックするワケにも行かない。

後で分かったのだが

1)エフェクターの一時的なトラブル
2)ケーブルの断線

である。だが、その時は分からないから焦りばかりが増す。

「どうすりゃ良いんだ・・・、どうすりゃ良いんだ・・・」
「折角、ブッキングしてくれたのにYukieさんに何て顔すりゃ良いんだ!」

と顔面蒼白。


15分ほどして「糞ったれぇ!」と思いエフェクター類を排除し、マイクを直接、ギターアンプに接続して、ノイジーなソロ。もう、「こんちくしょー!」って感じだから激しく演奏。マイクにTPをぶつけたり。

途中でマイクをハウリングさせようと思ったらマイクがケーブルから抜けた。ところがケーブルの差込口をトランペットのピストン部分に当てるとピストン部分の音を拾うんである。


其れで演奏はますます内向的になり・・・・




で、一旦、終了。

で、一応、自己紹介。

「アニョハセヨ。チョンヌ KO.DO.NA ラゴ ハセヨ。チョヌン イ(ル)ボン ドンギョンエソ ワッソヨ。」(私はKO.DO.NAです。日本から来ました)

と言うと「うぉー」と言う声と拍手。


先ほど動画を自分で観たんだが決して酷い演奏ではない。之まで蓄積した『即興演奏』に関してのスキルだとか、観念だとか色々と出せた・・・気がする。

わかんないけど。


で、『鳥の会議』。


5人~6人くらいをステージに上げてピヨピヨとやらせる。

最後に「お名前は?」と聞いて自己紹介を全員にさせて終了。




最後は客席に「次の曲をやりたいのだけども、私の機材は複雑なセッティングでトラブル中。ちょっとだけ時間を貰っても良いですか?アーユー・レディ?」

「いえーい」

となったので接続をし直して最後の曲。




動画のラストを観ると好意的な雰囲気は伝わる。個人的には落ち込んだが「受けたし良いのか」と言う気持ちと反省の気持ちが半分ずつ。


因みに当日は『KTC』と言う韓国の放送局が取材に来ていた。私とかじゃなくて『劇場紹介』である。

このKTCのカメラマンが非常に『良い身体』なのである。適度な脂肪と、素早い動き。



「おっほ!良い男!」

と思った。




軍隊帰りは違うねぇ、とか思ったり。で、このKTCだがライブから壁の染みまで残さず撮影する。
私のライブも勿論、撮影された。

客の顔とかドアップで撮影していたしなぁ。日本だったら訴えられているレベル。


「韓国の放送局って壁の染みから人の顔まで撮影しまくるんですね」

とアカイさん(Yukieさんのバンドメンバー)に聞くと

「そ~うなのよ。大量に撮影して後で編集、って言うのがスタイルみたいなんだけども。だけども放送されたものを観ると『え?何で此処を使うの?』って事が多い」

らしい。


帰宅する前に放送局のリクエストでYukieさん、コーキさん、アカイさんでカメラの前でコントのようなモノをやって終了。


その足で打ち上げ会場へ。


その前に私は翌日の為にyogigaに機材一式を置きに。Yukieさん、ウニさん(奥さん)、私でタクシーに。

暫くすると夫婦喧嘩が始まった。

「こんなに人が来るんだったら私は来なくても良かったじゃない」

「ごめんね。ウニ」

「Yukieさん、いつも忙しそうにして・・・。会えない日も多い。Yukieさんの人生に私なんていらないいじゃない!」

「あー、あの・・・」

「もう、いいわよ!アメリカに行く!」

「ウニぃ・・・」


夫婦喧嘩は犬も食わない、である。私はどうしようかな?と思った。『フォロー』すべきなのか、無言で居るべきか。

タクシーが渋滞で動かないので途中でYukieさんと、私で降りた。その前にウニさんに

「あ!昨日ですけどね。森さんと私で話してたんですけどウニさん、美人だよなぁ~って」

「え?!ホンッと?」

「ええ!『思わず目が釘付けになる』と森さんも言ってましたよ!無論、私もですが」

「うっふっふ」

期限は直ったのだろか。謎である。

しかし、40歳なのに、10代の女の子みたいな事を言うウニさんは魅力的だ。


YOGIGAに行くとイム・ヨンンジン氏が呑んでいた。で、ハグしあう。


彼是と話したがっていたが明日も早いので(ってか打ち上げ会場もあるので)早めにYOGIGAを後にする。



で、Yukiesさんが贔屓にしている飲み屋へ。前日同様に辛くて美味い鍋が出る。

三連休の初日だったらしく人込みが凄い。

ナタリーさんに「次回は貴方の演奏で踊りたい!ファンになりました!」と言われる。
こう言う話の400%は『無かった事』になるので「あ。はぁ」と返す・


辛くて美味い。汗が噴出す。


Yukieさんは風邪なので早めに帰宅。


「Yukieさんはこう言う料理を毎日、食べているのに何で風邪が治らないんだろうね?」

と言うので

「いや、多分、日本だったら確実に死んでいるレベルなんだけども毎日、こう言う料理ばかりを食べているから何とか生きているんじゃないですかね?」

と言う説が有力になった。

まぁ、医食同源とは言うし。


で、タクシーで帰宅。韓国はタクシーが安い。日本で言えば東京駅から高円寺まで行けば1万円する位だが、此方は1000円程度。
だから皆、タクシーを多用する。

その日も夜中の1時過ぎに帰宅。


シャワーを浴びて泥のように眠る。





















韓国初日


渡韓中はゲストハウスに泊まっていた。






『地球の歩き方』とかって今では旅行ガイドブック化していて韓国と言えば『ロッテホテル』なのである。韓国経済は思えば不思議なモノで

サムスン
LG
ロッテ

と言った巨大財閥が仕切っている。観光に関してはロッテグループが支配している、と言っても過言じゃない。思えば仁川空港の免税店も『ロッテ』と書かれている。

Yukieさんに韓国の若年層雇用事情を聞くと驚いた。韓国は周知の通り、徴兵制度がある。

30歳までの間に2年だったか3年だったか軍に行く。ところが韓国人は勉強とか非常に頑張っちゃう民族なんだとか。

「大学に行くんだよ。進学率高いから。で、頑張っちゃうからさ。留学とかもするし大学院とかも行っちゃうワケ。で、軍隊だろ?そうするとさ、社会人というか新卒が30代とか20代後半になるんだよ・・・。これは不味いだろ?」

らしい。確かに新卒が30代、ってのはハードだ。


しかし軍隊上がりだからなのか、初日のライブに撮影に来ていた『KBC』と言う韓国の放送局のカメラマンは非常に良い身体をしている。男性の私で「おお!良い身体!」とウットリしたほど。


そう言えばボディビルのフライヤーも多かった。ボディビルも盛んなんだろうか。やはりYukie氏説の

「頑張っちゃう体質」

で「もっと腹筋を!」とか「もっと硬く、黒く、そして適度な焼き目の身体を!」とか。













成田空港と言う『この世の最果て』から飛行機の中で暫く眠り、空腹だったのだが機内食を食べてYukieさんが迎えに来てくれる。
アメリカンエアラインの搭乗員はマッチョな男性が多かったんだが(機内搭乗員ってハードな肉体労働だし)アシアナ空港は昔のJALみたいに綺麗な女性が多い。

言語は全く分からない。

行った事はあるが1996年。17年前。

17年前の事なんて忘れている。しかも修学旅行だ。確か友人と韓国の女子高生に

「あにょはせよ~、さんらへよー」

とナンパし捲くった事しか覚えてない。ソウル市内は陰鬱な雰囲気で、観光する場所とは到底、思えなかった。


だから渡韓前の韓国のイメージは寧ろこんな感じだった。











ところが行ってみると、空港は綺麗だし、街並みは綺麗だし、愕然とした。書かれている言語を除けば日本と変わらないのではないか?と思うほど。
むしろ韓国の方が急激に発展したので街並みは日本より綺麗な気がする。


女性も綺麗で、男性も綺麗。


そう言えば昔、坂本龍一だったか、村上龍だったか


「やはり民族的に発展しすぎた国は衰えるのかねぇ。例えば朝鮮の女性とか綺麗じゃない?そう言う発展を極めちゃった、って言う気はするね」


時代は80年代。まだ、そんな暢気な事が言えた時代なのである。



予定としては明日の『サラダブーム』と言う場所を案内してもらい、ゲストハウスである『ウルルハウス』に行って、そのまま寝よう、と思っていた。

何しろ、ここ数日間で睡眠時間は合計でも6時間だったからフラフラだし、風邪気味だし。

ウルルハウスに案内して貰っているとYukieさんが「おー!」と騒いでいる。日本の友人とバッタリと会ったらしい。

森さん、と言う。

奥さんが韓国の女性で、妻を追って韓国に来た初日、らしい。お互い韓国の事は全く知らない状態なので、仲良くなれた。

「じゃあ、食って呑もう!」

となり、3人で何処かの魚介類専門店に行く。


・・・・って言うか、その前にサラダブームに行き荷物を置く。重量35キロだったので死ぬかと思うほど重たかった。その後、ウルルハウスに行く。

行くと気だるそうな青年が「ふが?」と言う感じで案内してくれる。

Yukieさんが「どっちのベットにする?」と言うので適当に決める。青年はボンヤリと見ている。彼はYukieさんを知っているが、Yukieさんは彼の事を良く知らないらしい。

「Are hi perhaps Japanese?(君は日本人ですか?)」

と聞かれるので

「YES」

と答えると激怒し始めた。

「おい!Yukieさん!儒教精神的に怒ってはならんのだが、俺は怒るぜ!コイツは日本人じゃないか!日帝のスパイだ!。おのれぇー!よくも我が祖国を蹂躙してくれたなぁ!俺の祖父の兄は日本軍に殺された!竹島は韓国の領土だ!従軍慰安婦問題について謝罪しろ!俺は日本人と一緒に暮らすなんて冗談じゃない!」

と怒鳴るのでYukieさんが

「まぁ、それは国際法で片付いた問題じゃないか」

「法なんて糞食らえだ!」

と言うのでYukieさんが怒られるのを不憫に思い土下座をして(リアル土下座外交)みるが韓国には土下座の風習は無い。


青年がポケットからリコーダーを取り出して「ピーヒョロロ!」っと吹くと他の部屋からも青年女子達が飛び出してきてきた。

「謝罪しろ!謝罪しろ!」

「我等の王朝の王妃を殺害した日帝め!」

「俺の祖母の姉の、従姉妹の姪の妹の友人の親友の祖母の祖父の友人だった女性は従軍慰安婦として強制連行された!謝罪しろ!」

「竹島は我が国の領土だ!」


と指を指されながら血相を変えて怒鳴られる。そして最後は私を中心とし、手と手を繋ぎ輪になって

『独島は我が領土』

をエンドレスで歌う。


確かに私の祖父は職業軍人で、大陸とは無関係ではない。確か新婚旅行が南京だった。ってか、当時の日本地図は随分と違うからなぁ。多分、九州から釜山→列車で南京だったんだろう。
ついでに言えば南京で働いていた(軍人として。軍曹だった)。

朝鮮半島に関しては祖父は余り関知してないが。

しかし、大和魂を見せなくては此処は乗り切れない!と思ったので、折りしも丁度、たまたま持っていた名刀『村正』で得意の



『切腹』
『ハラキリ』



を行う。一文字ではなく十字に切り、腹に手を突っ込んで臓物を皆の前に叩きつけた!。




「これで気が済んだかぁ!」



と叫ぶと、皆、一気に黙る。で、青年は素早く私の臓物を拾い上げ、台所に行き調理。
皆で私の臓物を『ホルモン焼き』にして食べて、仲良くなった。『食』と『酒』こそが平和の証だ。




(私の臓物:調理済み)




(素早く焼くYukieさん)


丁度、針と糸を持っていたのでお腹の傷を縫い、そのまま夕食を食べに行く。何しろ風邪気味で、食べたものは機内食だけ。

しかも『切腹』までしたのでお腹は空っぽでお腹が空いた。


Yukieさんの奥さんと合流(ウニさん)し、森さん、私、Yukieさん、ウニさんで魚介類専門店へ。


意外な事に韓国では『焼肉』ってのは実はメイン料理ではない、らしい。矢張り若干、高級なんだそうで。日本と同じニュアンスなんだろうか。

どちらかと言えば3方向を海に囲まれているので魚介類がメイン。韓国の人は魚介類が大好きなんだそうで。

で、サクラマスが一匹捌かれてドカン!と出る。









旨い。兎に角、旨い。「嗚呼、生物を殺めた味って何て美味なんだろう」と思うほど旨い。甘くて美味しい。生命の味がする。

ウニさんと会ったのは思えば7年位前だった気がする。その頃は結構、刺々しい女性、と言う気がしたが今はそんな感じでもない。

しかし40歳だと言うのに美人は変わらず(結婚当初の写真は凄い美人だが)。しかも巨乳。

思わず目が釘付けになる。


「いやー、巨乳ですね!」


とは言えないが「相変わらず美人ですね。昔より素敵です」と言うと喜んでくれていた。Yukieさんとウニさんのセックスの回数が現在、どの位の頻度なのか不明だが「この巨乳で40歳だろ?羨ましい・・・」とホンッと思った。
もう、凄く羨ましい。良いオッパイだった。

<photo src="v2:1941274898:l">

<photo src="v2:1941274897:l">

で、Yukieさんバンドのメンバーも集まり宴のスタート。佐藤行衛&コプチャンチョンゴルのライブは一度、対バンしている。

私達のバンドはフェラ・クティ等のカバーバンドで、緊張して演奏していたのだが終わってから私がヤケクソで飲み捲くり、佐藤行衛&コプチャンチョンゴルの演奏中に可也、大暴れした覚えがある。
あちらも其れを覚えていた。

この刺身が終わってから、今度は鍋が出る。『アラ鍋』に近いが色が赤い。当然、辛い。辛いが美味い。

斜め後ろに女子大生らしきグループと男の子達が合コンらしき事をやっている。


最早、

『辛い』

『だが美味い』

『だが辛い』

『だが美味い』

とばかりに箸が動く。この地獄の運動会により森さんと私は朦朧としてくる。ビール位しか呑んでないのだが辛くて死ぬほど美味い、と言う『食べる永久機関』となった私は森さんに



「こうやって激辛料理を食べ、朦朧とした状態にして、女性を口説く・・・ってのがコリアン・スタイルと言うか韓国の若者恋愛事情なんですかね」

「かも知れないですね・・・。確かに朦朧とした状態で『サランヘヨ』と言われて」

「そうそう。朦朧としているから『ま、いっか?』とHして」

「朝になって『しまったー!』みたいな」


その辺は謎である。


で、鍋の最後は何故か『インスタント・ラーメン』が入るのである。日本だとウドンとか御飯(私の地元では鍋の最後は御飯だった)なんだが韓国では『インスタント・ラーメン』らしい。

聞くと韓国に『生のラーメン』と言う文化がないんだそうで。韓国で『ラーメン』と言うのはインスタント・ラーメンの事を指すらしい。

だからインスタント・ラーメンにトッピングしただけのラーメン屋なんかもあるんだとか。

「何だか3日位で開業出来そうなラーメン屋ですね」

「そのトッピング具合で他店との差異を出すんですかね」


しかし、驚いた。日本だと『インスタント・ラーメン』って食文化の中では可也、下位の部類に属するのだが此方では上位である。まぁ、そう言う食べ方だからスープの無い『ラーメンだけ』が売っているんだが。


あ、思い出したが途中でイカが一匹丸ごと出た。

まだ動いている。


「韓国人はイカが好きなんだよなぁ!」

とYukieさん。イカの刺身だが何と言うか『生きているイカを丸ごと切っただけ』と言う感じ。しかし美味い。
ウネウネと動くが美味いんだから仕方が無い。

私はイカは苦手なんだが、これは結構、食べれた。


凄い話があって、韓国では一時期、『スルメ』の輸出輸入が禁止されていたんだとか。その理由ってのが


『朝鮮戦争』


である。帰国して調べて驚いたのだが朝鮮戦争って、尋常じゃないって位に凄まじい戦争だったらしい。ホンッと驚いた。

「えー!って事はあの飛行場は戦場だったのかよ!」

とか。死体の数で地形が変わるほど、だったらしくベトナム戦争並みに酷かったらしい。で、連合軍(主に米軍)もヤケクソで開発されたばかりのナパーム弾と、『細菌兵器』まで使い捲くったが

「当時、撃っても撃っても向ってくる北朝鮮軍の軍人を米軍が不思議に思ったんだよ。『何で連中は撃っても撃っても向ってくるんだ?』と、な。で、北朝鮮の兵士を米軍がフィルムに納めてみたら連中は何かをポケットから出して食ってる。其れが『スルメ』だったんだな。で、米軍(連合軍)は『之が北朝鮮軍の秘密か!』と思って、長い間、国家レベルで禁止になってたんだよ。
戦時下の笑い話なんだが、本当なんだから凄い」

韓国ではスルメは『束』で売っている。兎に角、スルメも大好き。


「じゃあ、『ちょっと一服するか?』って時にはスルメを食べてたりして」

「ですよねw。仕事、疲れたなぁ~、と思うときはポケットからスルメとか」

と口の中で動き回るイカを食いながら森さんと話す。










ウニさんが

「うちで二次会をしましょう」

と言う。ってか既に、この時点で2次会に近いので『3次会』って感じだったが。

Yukieさん宅に行くとウニさんは酔っ払って眠る。


5人で車座になって音楽談義をダラダラとマッコリ片手に行う。このマッコリがまた旨いのである。

チリ産のワインのような上品な味がする。しかも呑みやすいのでガンガンと空けてしまう。難点は呑み易いので呑み過ぎることである。

思えばコンビニでウィスキーは殆ど売ってない。マッコリかビールか清酒。

で、ビールが250円位。マッコリが120円位。

呑まなかった日は帰国する日だけだったなぁ・・・。


で、ウルルハウスに帰宅。


夜の1時だった。帰宅するとヨン・イー君がゲストハウスのルールだとか使い方を教えてくれる。好青年。


 
(ヨン・イー君/25歳/ヒップホップのオーガナイザー)




で、ゲストハウスのメンバーはこんな感じ。









泥のように眠った初日だった。






2013年5月22日水曜日

渡韓直前ライブ


昨日はSDLXでテストトーンに出演。




2年ぶりに『KO.DO.NA&人魂』と言う私がやっている唯一の爆音ドローン・ユニットである。

今回は『蓄音機』を久し振りに『楽器』と言うかノイズ・マシンとして使った。



っつかな!?



俺、風邪、ひいてんねん!って感じである。平熱35度台の私が37度台をキープ。普通だったら38度。
もう、フラフラですよ。

で、派遣会社が「入管所を返せ」と言うので新宿センタービルへ。ウダウダと何かしら言う。

「ウダウダと何かしら言いました」
とクライアントに言うのが派遣会社の役割なのだが、んな事ぁ言わずに「言った」って言えば良いじゃないか。

とりあえずクビである。


で、重たい機材を持って六本木へ。リハは通常リハになってしまった。エフェクターが上手く作動しなくて、ケーブルのどれかが怪しいのだが、大量に使うので、どれか分からない。

何とか動かしてリハ。

デイブの音がデカ過ぎて自分の音がよく聞こえない・・・が、「まぁ。いいか」と思い終了。



唇のウォーミングアップをしていたら客が来たので楽屋へ。その後、食事を食べる。今回は3年前に初演だった『KO.DO.NA&デイブ』の再演に個人的には近かった。デイブは珍しくギターだった。

ベルツや実ズが好評だったので「うーん。この後かぁ」と少し憂鬱になる。何しろ2年ぶりで、デイブも私も風邪っぴき。
だから体力的にも自身がなかった。


で、始めてみたらエフェクターが作動しない。困った。冷や汗を流しながら15分位で何とか動かす。

で、スタート。

蓄音機にエフェクターをかけて・・・・って既に『蓄音機』である意味を喪失しているのだが、其処からスタート。で、TP。

デイブのノイズがデカ過ぎて自分の音がモニタリング出来ない。って言うかPAの女性がミスっていて、モニタースピーカーをOFFにしていた。途中から聴こえてきたが、其れまではフロアスピーカーだけ。之は厳しい。











今回は映像等を撮影しなかったので写真だけ。演奏中は何故か演奏とは全く無縁の事ばかり考えてしまう。
不思議だ。

終わってみると、物凄く大好評だったから良かった。デイブの友人は「先日、ブラック・サバスを観にいったが今日の方がサバスより良かったぜ!」と言っていたらしく「ぶ・・・ブラックサバスか・・・」と其れが比較対照になるのか、ならないのかサッパリ分からない感じ。

友人女性に香水を貰った。

こう言うのは凄く嬉しい。



しかし、疲れた。


機材重量は20キロを超えるし、矢張り重たい。そもそもトランペットを吹くのに何故、20kもの機材が必要なのか自分でも理解に苦しむ。



で、之から数時間後に韓国である。

因みに怒涛のテストトーンが終わり、汗だくにはなったが風邪は治らず!


只今、頭痛中と吐き気中・・・。


で、休もうかと思って横になったが初めて成田空港って事もあるし荷物は必要な機材だけで

24k

アシアナ空港のトラベルだと

20k

である。

4kをどうするか?

手荷物にエフェクターとケーブルを移す、という方法もあるが一応、アシアナ空港のHPでは「手荷物は10kまで」
とある。アメリカン空港だと手荷物の重量を測られなかったが、最低限の着替え等で『7k』である。ここに4kを足すと1kオーバー。

webで調べてみると「重たそうな荷物を持っている奴は重量を測られる」と言う、まるで魔女狩りのような、隠れキリシタン狩りのような事が空港では行われるらしい。其れは困るなぁ・・・。

さてさて。

どうなるのか・・・。とりあえず7時に家を出る予定。


到着は多めに観て9時。10時半に受付開始だろうが空港でボンヤリするのも悪くないかなぁと。

今回はパイプ煙草を持参してみる予定。吸えるかなぁ。。。



飛行時間は3時間。眠るには中途半端な時間だし、起きているにはボンヤリな時間である。

空港へYukieさんが迎えに来てくれるらしい。NYで痛感したのだが『土地勘』ってのが皆無に等しい私である。

そう言えば『猫』と言う生物も意外と土地勘はなくて「やべ!迷った!」となると行き成り『ジッと』してしまうのである。で、何だかんだで野良猫になっちゃったり、他人の家の猫になってしまったりするのだが、残念な事に私は『猫』ではない。


色々と大変である。


昨日、今日と睡眠時間は合計4時間である。今日は眠れない、ってのも大きいのだが。

会社はクビになったし、怒涛の韓国ツアーが始まるのである。


《Asian Experimental Performance Night》
5月16日(木) pm7:30 ソウル文来 Salad Boom Tel.02-2254-0517
http://www.salad.or.kr/
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、佐藤行衛(guitar improvisation)+キム“Natalie”ギョンミ(dance improvisation)

《キム・ヨンジン個展“音を描く”祝賀公演》
5月17日(金) pm8:30 ソウル弘大 弘大 Yogiga Gallery Tel.02-3141-2603
http://yogiga.com
出演:KO.DO.NA.(from 日本)、キム・ヨンジン・バンド(キム・ヨンジンb,vo+佐藤行衛g+伊藤孝喜ds)


《Sunday Matinee Show: Japanese experimental musician Ko.Do.Na.》
5月19日
https://www.facebook.com/events/243167555808231/
Links:

http://mfk.dreamlog.jp/?p=2
http://www.youtube.com/watch?v=BMSBMbv6lR0

Daejeon's Drea Marilyn to open the show!
https://www.facebook.com/drea.marilyn?fref=ts

Show to be at Palomino's in Daehung Dong.
http://blog.daum.net/jimmy1230
http://cafe.daum.net/jimmyleemusic


で、帰国すると赤貧を洗うような極貧生活が待っている。思えばNYから帰ってきたときも無職だったのだが、大昔のマイルス・デイビスの自叙伝のフレーズが浮かぶ。

フランスへツアーに行き「ジャズがヨーロッパで認められた!」「アメリカのジャズがパリへ来た!」って事でマイルスは国際的スターになった。

しかし、帰国してみると無職。無職と言うか仕事が無い。

「国際的スターであるにも関わらず、無職ってワケだ」
「フランシスとの失恋もあり」
「それで俺はドラックに手を出すようになった」

だそうで。私は全然、国際的スターではないが無職は同じ。


さて、行ってきます。