2014年2月16日日曜日

OM-2/OPUS No.8

今日は劇団『OM-2』を観にいった。



今回は新作『OPUS No.8』
http://om-2.com/works2013-/opus8/index.html

思えば15年前に劇団唐組に所属していながら今、観にいっている劇団って『野戦の月(ex風の旅団)』と『OM-2』だけだなぁ、と思う。

会場で久し振りに育児休暇中の劇団員であるHさんと会う。Hさんは『OM-2』で唯一の


『巨乳』


だった女性である。私を含めた巨乳マニアの間では有名な人だったのだが、震災を切欠に事もあろうか、私以外の男性と性行為を行い、其の男性の子供を産む、と言う神をも恐れぬ所業を行った。
で、以前は『大巨乳』『爆乳』とさえ言われていたHさんだが、お子さんに全部、吸い取られているらしく、スッカリ痩せ衰えた。

「子は栄え、母は衰え」

と言うか。親っつーのは辛いもんだ。

久し振りに会って彼是と話す。暫くすると開演。



開演したは良いが斜め横に座っていた老婆がお喋りを止めてくれない。老い先短い人種なので、彼是と『現世』で話したいんだろうが、

「あの、お喋りの続きは来世か、あの世でやって貰えませんか?」

と思った。



芝居・・・と言うか今回はパフォーマンス色が嘗てない程、強かった。ダンス・パフォーマンスや身体的シーケンスも見事、としか言いようがない。

舞台の使い方も文句無し。

役者も育ってきていて、良い塩梅。

最後まで集中して観劇出来た。途中で客席に座っている人達全員を舞台に上げて、映像と役者。

で、係員の案内で劇場を一周したのだが、此れは舞台転換の為で、一周して戻ったら席が替わっていて

『第二部』

が始まる。この劇団の看板である『佐々木敦』のモノローグ兼パフォーマンスが淡々と言うか狂ったように続き、シットリと終わった。

演劇って総合芸術だけども照明や舞台衣装もホンッとシットリとした感じで観ていて心地よい。


終わってから「うん・・・素晴らしい・・・」と思わず呟く。

雪のような舞台だった。今年の雪は豪雪だけども、豪雪だろうと霙だろうと雪は美しい。そう言う舞台だった。
(隠し撮り。良い子は真似しちゃ駄目)




こう言う芝居と言うかパフォーマンスって、どうしても内容を書くのが難しい。之が前衛~実験演劇か?と問われれば確かに前衛演劇の部類の入るのだろうが、そもそも『演劇』の部類に入るのか、どうもかも怪しい。

只、個人的には『実験~前衛劇団』とは思わない。『観客を舞台に上げてしまう』とかは70年代に世界的潮流だったようだが、行われていた。当時は「観客参加型の演劇は成立するか?」と言うニュアンスだったらしいが大半が失敗に終わっていたようだが。

 とは言え、そう言ったモノが前衛的とか新しいってワケじゃない。多分、今、最も実験的で前衛的な演劇って『チェルフィッチュ』とか『青年団』だろうし。社会性や作品としても。

台詞らしきものはあるが、大半が絶叫に近く聞き取れない。絶叫じゃなかったとしても呟く程度だったりするので同じである。


『批評』を拒絶する身体、と言うか。


一度、Hさんが『巨乳劇団員』として君臨していた頃に台本を見せて貰った事があったが、台本と言うか『大雑把な流れ』しか書いてなくて「え?!此れで舞台、作ってんの?!」と驚いた事がある。

台本と言うか現代音楽の図形楽譜とか妙な指示だけ、みたいな感じで、とても

『演劇の台本です』

とは思えなかった。




暗黒舞踏にも批評家ってのが糞に沸いた蛆虫の如く居るから『OM-2』を批評するオッサンとか非リア充ってのがいるんだろうけども(暗黒舞踏の自称批評家達は皆、『オッサン』と『非リア充』だった)、難しい。


雪を批評するようなもんで、言葉に出来ないモノってのはあるもんだ。


之が逆に先に書いた『青年団』や『チェルフィッチュ』なら言葉に出来るんだが。不思議なもんだ。



そう言えば最近、出演しているOM-2の役者に『凄く薄幸そうな女優』がいて私は個人的には気に入っている。名前が判らないのだが一目で

「嗚呼、薄幸そう」
とか
「ちゃんと食事はしているんだろうか?」
とか
「変な男に貢いじゃったりしているんじゃないだろうか?」

と思わせる『薄幸っぷり』なんである。之が『アングラ感』があって良い。大体、『幸せそうな役者』がアングラやってんじゃないよ、と思う。

結構前に『チェルフィッチュ』を観にいった時に女優が結構、『リア充』な感じがして「何だかなぁ」と思ったモンである。

 そんな事を思うのは私がアングラ出身だからなんだろうが。私が所属した劇団は唐組も含めて過去に3つだが、3劇団とも皆、薄幸そうな人ばかりだった。

で、劇団内恋愛とかしちゃうんだが『薄幸カップル』なので『薄幸』が『醗酵』して、最後はグチャグチャになる。
私も劇団内恋愛でグチャグチャに終わった事が過去にある。

しかし、其れぞアングラ演劇である。何しろ早稲田小劇場の『白石かずこ』も今は結婚して大女優だが、『劇団内恋愛禁止』と言う意味不明な条例を全国に流布させた程、劇団内での男癖が悪かったんだから。


平澤さんに聞くと「良く知らない」との事。育児休暇に入る頃に入った人らしく擦れ違いだったんだとか。





終わって、神田の『アートバー』みたいな処に同席した友人に連れて行かれた。

普段はダラダラと『アーティスト様』が呑んでいる店らしいのだが、運悪く胡散臭い会社を経営している43歳の女性の誕生日会をやっていた。


所謂

『女子会』


である。ってか、20~40代女性が集まって『女子会』って言うネーミングが凄い。

「女子じゃなくて『女性』だろ!」

と言いたくなる。例えば30代男性が集まって

「最近、勃起力が衰えちゃって」

「俺も妻が出て行っちゃってなぁ」

「最近、タバコを止めたんだよ」

「ウォーキングしよう、と思ってスニーカーを買ったんだが一回やっただけで疲れちゃってさぁ。全然、やってないよ」

「今年はボーナス、どうなるのかなあ」


などの、どうでも良い呑み会を

『男子会』

と言い始めたら世間様は黙ってないだろう。


「お前等、『男子』じゃねーだろ!」


と。


で、隅っこで呑むのだが誕生日を祝われている43歳女性は、まだ43歳だと言うのに色気も糞もない。前歯を剥き出しにして楽しんでいる。
まぁ、大抵のパワフルな40代女性って10代の頃に遊び倒した人が多いから良いのだろうが。

自己紹介が始まるのだが「スピリチュアル・カウンセラー」とか「女子力アップ」とか言う人が多い。


「女子力って、あんた、どう見ても30代半ばから後半だろ?!『女子力アップ』って男性で言えば『中二病力アップ』とか『童貞っぷりをUP』じゃねぇかよ。ってか『女子』じゃねーだろ!」


と内心、突っ込む。

ってか『女性ビジネス』『ビジネス系女性』の集まりなんだが、何故か女性がビジネスを始めると




スピリチュアルな方向




に走るのは何故なんだろうか。私の母親(年齢的にビジネス系女性の元祖だろう)も寝室に妙な祭壇があったりするし。

大抵の会社には『神棚』があったりするが、アレは『慣例』に近い。しかし、女性の場合は

『スピ』

と言うか。宴会の途中で

「満月の日ですから、満月に向かって財布をフリフリしましょー!」

と近所の公園に行って財布やキャッシュカードをフリフリしに行っていた。会費は5000円らしい。

私と友人は、こっそりと料理を勝手に食ったりしていたが。


と言うか43歳女性の誕生日会、とか『女子会』でもあるのだが、ビジネス的なニュアンスが強く集まっている女性も『人脈を広げたい』とか、そんな感じだった。



ウンザリである。



『OM-2』の感動を綺麗サッパリに消し飛ばしてくれるような糞感。酒は美味しいのだが、周囲がウザい。

途中で一人の女性がアロマテラピー&マッサージのフライヤーを渡してきた。

「アロマで女子力UP!」

とか。で、活花もやっているらしく『オープニングで即興活花パフォーマンス!』と書いている。しかし、活花と言う行為自体が『即興』なワケで、

『即興フリージャズ!』

のような胡散臭さが漂う。



で、終電を逃がし高円寺駅から雪道をトボトボと歩く。


どうも、此処3日間、辛い。

2014年2月6日木曜日

KO.DO.NAの気持ち: 佐野元春

KO.DO.NAの気持ち: 佐野元春: 『TMレボリューションのオールナイトニッポン』に 『Berryz工房 』 と言うアイドルが出演したらしい。 『Berryz工房』はハロプロのアイドルで、嘗ては『モーニング娘』で日本歌謡曲界を決定的に終わらせた偉大なるプロダクションなのだが、今では 「え?モー娘ってま...

佐野元春

『TMレボリューションのオールナイトニッポン』に『Berryz工房と言うアイドルが出演したらしい。




『Berryz工房』はハロプロのアイドルで、嘗ては『モーニング娘』で日本歌謡曲界を決定的に終わらせた偉大なるプロダクションなのだが、今では

「え?モー娘ってまだ活動していたの?」

となる程の収束っぷり。一部のヲタ達が熱心に支えているがヲタの数も多くない為、知名度がない。で、『Berryz工房』も同じような感じ。
友人女性が何故かハロプロのファンなので、曲を聞かせてもらったが昔の『モー娘』みたいな「田舎臭さ」と言うよりは「DQN臭さ」に満ちていて、反吐が出る。

特に「此れは幾らなんでも酷すぎるな」と思ったのは同じプロダクションの『スマイレージ』と言うユニットの『チョトマテクダサイ!』である。PVが凄すぎる。



2012年の曲だと言うのに、この安っぽいPV。曲も「つんく」辺りになると色々な作曲家に作曲させて、本人は其れを選ぶだけ(テを加える事もあるが)なんだが、何でこんなダサい曲を選んだのかも不思議だ。
後半のDUB処理が無駄過ぎて泣ける。コメントも

『 後ろの電飾がテキトーに垂らしときましたみたいな配置
安っぽさが際立ってる
床もすげー汚いし掃除しろ』

である。


スマイレージはさて置き、上記のラジオである。その中で視聴者からの質問コーナーでTMRが選んだ質問が


Berryz工房の皆様、こんにちは。Berryz工房の皆様は『佐野元春』が枕元にたって『サァムデェイ!(SOMEDAY)』と叫ばれた事はありますか?」


だった。此れを聴いて私は死ぬほど笑ったのだが、笑いながら思ったのだが


『佐野元春をネタにしても良い時代が来た』


だった。何と言うか『佐野元春』って『不可侵領域』と言うか「ネタにしてはならない」「汝、MOTOライオンを犯すべからず」的な何かがあった。

何故なんだろう?と思うのだが私も佐野元春をネタにした事はないし、佐野元春を馬鹿に出来ないムードのようなモノがある気がする。


『ポエトリーディング』と言う行為を知ったのは実は佐野元春だった。勿論、田舎なので雑誌で知ったのだが、其れが妙にカッコ良く観えたのである。
で、インタビューとか見ても何だかカッコいいのである。

つまり、纏めてみると

「誰しもが理想とする『大人の男性像』」

こそが佐野元春なんだと思う。例えば大滝詠一とか長渕剛とかは散々、ネタに出来ると思うんだよな。ってかネタにすらならないほどネタになっているのだが、其れは

「青臭さ」
「矛盾」
「ダサさ」

とかあると思う。大滝詠一なんて「薄くきったレモンティーを輪切りにして浮かべて」と意味不明な歌詞だったりするし。

で、佐野元春と言えば、矢張り


「サァムデェイ!」」


なんである。思えば暑苦しい。


で、友人女性が調べてみた処、佐野元春は「結構、変な人」らしく



『佐野語』


なるものもあるらしい。主にレコーディング中に発せられるらしいのだが

「もうちょっと『リバービー』に」

が代表である。リバーブ(エコー)の事をMOTOライオンは『リバービー』なんだとか。

だが私もディレイや深いリバーブの事を「DUBっぽい」と言わず『ダビー』と言うのでアリなのかも(ダビーは音楽系の人は結構、言う)。

他にはスタジオのギターの人に「ニール・ヤングみたいに弾いてくれ」と言う指示が


「あのさ、S君。もっと『ニール・ヤンギッシュ』に」

と言うのだとか。



ニール・ヤンギッシュ!



渋谷系全盛期、最も『ダサい』とされたアメリカン・ロックの大御所が『ニール・ヤング』だった世代の私には衝撃の発言である。「ダサい」の代名詞だったもんなぁ。ニール・ヤングって。

「ネルシャツ?ニール・ヤングかよwwww!」

とか。しかし、ニール・ヤングの日本最大のフォロワー・バンドだった『はっぴいえんど』については触れない、と言う矛盾したものだったが。


で、そのギタリストが『ニール・ヤングッシュ』にギターを弾いたら、次は

「S君、ちょっと『トゥー・マッチ・ニール』」

と言われたらしい。意味は「ニール・ヤング過ぎる」。他にも

『トゥー・ニール』

等の言い方があるらしい。



世代的に『ニール・ヤング』なんだろう。しかし、例えばホーン・セクションの人に「マイルス・デイビスみたいに吹いてくれ」と依頼する時は矢張り

「KO.DO.NA君、ちょっとマイリッシュに」

とか言うのだろうか。ってかマイルス・デイビスを依頼する事は皆無だと思うが。

にしても『ニール・ヤングッシュ』って暑苦しいな、と思いYOUTUBEで『ニール・ヤング』を聴いてみた。『バファロー・スプリングフィールド』は上京当時、気に入っていて聴いていたのだがソロは聴いてない。




あれ?暑苦しくない・・・。
寧ろ、透明感があるUKロックのようでもある。ギターは相当に上手い。
確かにネルシャツだが暑苦しくはない。

じゃあ、ギターはどうなんだろう?と思いYOUTUBEで「ニール・ヤング ギター」と入れてみると出たのが此れである。



あれ?暑苦しくない・・・。ディレイの使い方も上手いし、何より地味だが絶対的なテクニックと言うか、シンガーソングライターにしては上手過ぎる程である。


で、佐野元春って日本HIPHOP史を語る際に意外と外せない人物なのである。

『日本語ラップ』

ってヤン富田と、いとうせいこうの『タイニーパンクス:建設的』が初、とされているが諸説あってYMOだったり、佐野元春だったり。佐野元春曰くヒップホップに衝撃を受けて「日本語で黒人を躍らせたい」と思いNYに渡って彼是と勉強して作ったのが此れ。





これ、未だとダサいが当時のレベルを考えると相当に高度である。84年だし。



しかし、佐野元春は実は「ダサい」のではないか?と言う疑惑が私の中で沸き起こっている。

東京育ちの坊ちゃん育ち、と言う感じで、私は

①ヤクザに命を狙われていた父

②ヤクザのような母

に育てられて、激しいんだか内向的なんだか分からない屈折した坊ちゃん育ち、と言う『カウンターへの憧れ』もあるのかもしれないが、疑惑は抑えられない。

「佐野元春と一緒に『さむでぇい!』と叫んでろ!カス!」

とか罵倒に使えるんだろうか。

「オマエの歌、佐野元春じゃんwww!」

とか。



佐野元春への疑惑に悩まされている此処2日間である。



2014年1月12日日曜日

西の大陸に向かって

どう言うワケだか、今回も飛行機の中で書いている。





魂の故郷である高知県長岡郡を後にして東京へ戻る。



高知県の山岳地帯での生活は幸せ祖の物で、本当にリラックスした時間が過ごせた。東京都と言う『有』の街から『無』と言うか情報量が限りなく0に近い街での生活は本当にリラックスできる。

で、山を降りて日本最大の高齢地区で限界集落から行き成り六本木でライブを見る。で、その翌日には大急ぎで


『市民よりも死体の方が多い』

『命の値段は300円』

『ポリオ・ワクチンが全然、足りない』

『臓器販売に関しては中国と並ぶ世界2TOP』

『歩けば撃たれ』

『部屋でジッとしても撃たれ』

『走れば手榴弾に当たって爆発』

『日本一、危険な街』



である北九州市に行く事に。この街の危険さは元原住民である私ですら愕然とする程で、311の際、警察官が被災地を中心に派遣されたが、その中に何故か『北九州市』が入っていた。しかも


「福島県か北九州市か、どちらか選べ」


と言う


「ウンコ味のカレーか、カレー味のウンコか」


に近いニュアンスである。つまり


『原発と同じ位、危険な街』


と言う凄まじさ。丁度、震災前後に北九州市はヤクザ抗争が激化しておりロケットランチャーや手榴弾が投げ込まれたりしていた。

「直ちに影響はないor直ぐに影響がある」
の違いなんだろうか。




派遣された警察官曰く

「被災地(福島県)も北九州市も非常に危険な状態である事に変わりはありませんから」

と言っていたらしい。そんな街が故郷である私の気持ちが判るか?多分、理解出来る可能性があるのは

『福島県双葉町の住民』

位なもんだ。

しかし、何でこんな生命の危機すらある街に来たか?って言えば

『妹の結婚式』

である。KO.DO.NA家としての私は長男だが滅多に帰郷しないので非常に影が薄い。父親の葬式の際なんて参列者が

「妹さん、頑張ってね!お姉ちゃん、頑張ってね!・・・息子・・さん?」
「一応・・・そうらしいです」
「はぁ・・・。頑張ってね・・・」

後で母に参列者が

「みよ子さん(母)、長男さんがいたんですね・・・!」

と言われた程。だから妹の結婚式も別に出なくても全く良いのだが、問題は


『ヴァージン・ロード』


である。話によると新婦を引率しなくてはならないらしい。本来は父親がやる役割らしいのだが親父は『父親らしい事』を一切、行わずに死んだので、私が変わりにやらなくちゃならんらしい。

だが、解せないのは『ヴァージン・ロード』である。

妹はDQNだし、三十路過ぎなので当然、『処女』ではない。三十路過ぎの処女なんて『核廃棄物』と同じくらい扱いに困るが。


しかし、『ヴァージン・ロード』→直訳すれば


『処女街道』
『生娘道』


である。生娘でも処女でもなく寧ろ男癖は父親の血が濃いのか非常に悪い妹である。『ヴァージン・ロード』と言うより


『ビッチ・ロード』


となるはずなのだが。


それを友人に話すと「女性にとって結婚は『全てをチャラ』にする事だから」と言う。


なんて不条理と言うか理不尽なんだろうか・・・と思ってしまうのは男性だからだろうか。私も転職回数とか、数々の禄でもない女性達との関係だとか、アングラ演劇~暗黒舞踏畑~フリージャズ畑出身とか、金融ブラックとか、低学歴とか、低収入とか、そう言う嫌な過去を全て消したいもんだが男性側はそうも行かないらしい。


しかし、結婚式と披露宴(疲労炎)。





気が重たい。




幼い頃、祖母に連れられて良く親戚や親族の結婚式に参加させられたのだが嫌な思い出しか残っていない。


①得たいの知れない料理

②冷えた鯛

③得体の知れない儀式

④「●●さん、綺麗!」とか言うらしいが厚化粧のし過ぎで既に別人にしか見えない。

⑤似合わない花嫁衣裳

⑥どうでも良いスピーチ

⑦「私達も以前から●●さんは素敵だし、カッコいい!って事で狙っていたんですけども、今日、花嫁さんを見たら『あたし達の負け』だなぁ~と思って少し悔しいです!でも、幸せになってくださいね!」とテントウムシのサンバを歌う奴等。

⑧「私達も以前から●●さんは素敵だし、カッコいい!って事で狙っていたんですけども、今日、花婿さんを見たら『俺達の負け』だなぁ~と思って少し悔しいです!でも、幸せになってくださいね!」とテントウムシのサンバを歌う奴等。

⑨変な音楽

⑩不味いジュース(子供だったのでジュースだったが不味かった)

⑪帰宅して『引出物』を開けると『新郎新婦の写真がプリントされた湯飲みセットと大皿など。

⑫そもそも花嫁衣裳は日本人女性には似合わない。

⑬「キスしろー」と言う野次。で、ディープキスではなく軽いキス、と言う、どうでも良さ。

⑭知らない人ばかりで幼い私は結構、不安



と嫌な思い出ばかりだった。兎に角、『引出物』は酷かった。新郎新婦の写真がプリントされた湯飲みなんて誰が使うんだよ!

あと、印象的だったのは私よりも10歳近く年上の従姉がいた。年齢も近いといえば近いし、遠いといえば遠く、良い塩梅の距離感だったので私と妹、姉は懐いていた。
その女性が16歳の頃、私は小学校5年生だったと思うが、一緒に風呂に入った時に

「げげ!オカンと同じ身体の構造やんけ!」

と愕然とした覚えがある。母親のようなマヌケな身体の女性は母親だけだと思っていたのだが、「女性と言う生き物は皆、多かれ少なかれ似たような身体の構造」と言う事を知った10~11歳の夜。

「入れてみたら意外と違う」と言うのを知るのは其れから10年も待たなくてはならないのである。


とは言え、大好きな従姉だった。遊んでもらっていたし。
その従姉が結婚する、っつーので結婚式にまたしても参列。

①不味いジュース

②不味い飯

③クソなスピーチ

④クソっぽい連中

⑤知らない人ばかり

⑥嫌がらせ、としか思えない『引出物』


で、可也、ショックだったのは『憧れのお姉さん』だったので「新郎ってどんな人なのかしら?」と若干の期待があった。で、当日に見てみると、まだ二十代だと言うのに


●見事な若ハゲ
●死ぬほどダサいメガネ
●子供心としても「芋臭ぇ」と思わせる雰囲気
●元いじめられっ子、と言うニュアンス
●ブサイク


結構、ショックだった。「憧れのお姉さんが、あんなブサイクと結婚するなんて」と思ったもんだ。終わるまで「あの人は、従姉の友人か恩人か何かだろう。まさか、あんな糞芋みたいな人と結婚する人は世界広しと言えどもいやしない」と思っていた程である。

因みに、その『糞夫婦』は、真面目に結婚生活を送っていた。

だが、ある日、従姉が『新聞の勧誘員』と恋に落ち、駆け落ち→連れ戻される→駆け落ち→連れ戻される→駆け落ち→連れ戻される・・・を繰り返していた。駆け落ちてんだから連れ戻しても意味ねぇだろ、と思うのだが親族は

「あの人(夫)は貴女がいないと駄目なのよ・・・」

と言う意味不明なロジックで説得しているらしい。しかし嫁の一人や二人で「駄目なのよ」と言われてしまう男性は『エホバの証人』的に一夫多妻制でも駄目だと思う。

そう言う人は『虱』『南京虫』『回虫』でも飼ってりゃ良いのである。


既に高校生だった私は

「そりゃ若ハゲで、糞みてぇなルックスの奴よりも博打的に生きている奴の方が魅力的に見えるのは仕方がねぇやね。新聞の勧誘員ってのが悲しい処だがアウトローな感じが良かったんだろね。どうせ、あの男のことだ。セックスも下手なんだるし」

と言ったら母親に怒られた。


しかし、行きたくない。本音を言うと非常に嫌である。妹の結婚に関しては祝福しているし、『結婚式』で『ヴァージン・ロード』を引率しなきゃならない、ってのも問題はない。問題は

『実家』

である。実家~故郷に帰る、と言うのは私にとって『ソマリア』『アフガン』に『竹やり一本』だけ持たされて出兵させられるような気分になる。『竹やり』と言うか『棒っきれ』と言う気もする。

兎に角、嫌なのである。



昨年は正直に言えばKO.DO.NAとしての活動で燃え尽きる事が出来た年だった。其れは其れで最高なんだけども。
でも、同時に病もあり「一旦、リセットなんだろう」と思い郷里へ帰郷。

処が意外と郷里は『疲れる』のである。もう、いるだけで疲れる。グッタリだった。燃え尽きて、次に燃え尽きる、と言うか。


どうして親と言う生き物は子孫を疲れさせる事以外、しないのだろうか。不思議でならない。

こう書いている間にも飛行機は九州に向かって飛び続ける。昨年から一体、何回、飛行機に乗っているんだ。以前は一々、感動していたのに今では「嗚呼、面倒」としか思っていない。


空港に到着したらシャトルバスで小倉駅まで行き、その後はタクシーで帰る予定である。だが、不安なのは


『生きて育家に辿り付けるか?』


だ。何しろgoogleニュースで『北九州市』と叩くと

『銃撃』
『警察官が同行』
『厳重警戒』
『車両炎上』

と物騒な単語が並ぶのである。そもそもヤクザって『警官殺し』『手榴弾』は絶対にやらない、と言うかご法度なのである。警官殺しに関しては『刑期が長くなる』と言う理由なのだが、手榴弾に関しては『カタギにも被害が及ぶ』と言う理由である。

だが、北九州ヤクザは『豆まき』の際の豆の如く手榴弾を投げ合う。警官も平気で殺す。

殺人鬼とヤクザとカタギの区別が殆んどない。


結婚式のスケジュールややり方を知らないので母親に聞くと

「ヴァージンロードを歩くんよ!お父さんがヤル奴よ!」
「親父はやってないじゃん」
「そりゃそうよ!お父さんはやらずに死んだけん」

と意味不明な事を言う。

確かウィキペディアで調べてみると新婦を引き渡す際は

『その際、北九州特有の動き(ダンス)が入る事が多い。非常に複雑な振り付けであり、地元住民でなければ踊る事は不可能とされている。通常、その踊りを行う際は式の半年前から激しいレッスンが行われるのが慣例である』

『このダンスを間違えてしまうと水子が生まれる、との言い伝えから非常に厳格な振り付けとなっている』

『主に楽師40人と象88頭、バックダンサー40名で行われるのが常である。家柄や双方の希望により規模が大きくなる事もある』

確か、象に関しては妹が『101匹ワンちゃん』が好きだったので101匹の予定である。実家では流石に面倒みきれず5頭は私の東京の自宅。10頭は祖母の家、4頭を妹と夫で飼育している。なので飛行機は『預け入れ荷物』は20キロなのだが象5頭なので20kgを遥かにオーバーしており、超過料金を700万円も取られた。


嗚呼、之が音楽とか、そう言うので飛行機に乗るのであればワクワクと不安でモヤモヤなんだが、今は絶望だけ。


本来は結婚式当日に帰る予定だったが流石に当日は不味い、と言うので13日の午後一発目に東京に戻る予定。で、急いで機材のセッティングをして8年ぶりにペンギンハウスで演奏予定。

知人の追悼ライブである。

個人的に『追悼ライブ』って好きじゃないんだけども『赤の他人』ではないし。何と言うか上手く言葉に出来ないのだがインプロヴィゼーション、オルタネイティブ、アウトサイドなパフォーマンス(音楽にしろ、何にせよ)を続ける事は非常に困難が伴う。結婚、恋、仕事、経済、その他をクリアしながら『音楽』と言うのは大変だし、其れが『一般的ではない』モノであれば更にハードルは高くなる。

『一般的ではないアート』に対してのハードルは日々、高くなっている気がする。

日本は職人は歓迎するが、アーティストは歓迎されるどころか軽蔑される。之は江戸時代から同じだ。その仲間が消えてしまう、と言うのは矢張り、悲しい。

と書いた処で客室乗務員が「電源を切ってくれ」と言うので終わり。さてさて、どう言う結婚式なんだろう・・・。憂鬱だ。


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と書いて新北九州空港に到着。

母親が「11時に迎えに行く」とメールしてきたが親と一緒にいる時間は1秒でも短い方が良い。なので「バスで帰るよ」と伝えて只今、バスの中。

空港を降りると空港前は警察がいない為かDQNが改造バイクで走り回っている。『北九州空港』は苅田市と言う『北九州市』『ではない市』に作られているのだが、元々は本当に市内にあった。驚くほど小さな空港で一日4便(大阪と東京)。JALしか運行しておらず、歩いて飛行機に乗る。だが、そのチープさが何となく好きだったのだが無駄に地方都市っぽい空港になってしまい悲しい。

あ、今、ガソリンスタンドの前を通ったら80年代的暴走族な車とバイクである。

トホホ、と言う気がする。

苅田市は元々、トヨタ工場などがある『工場街』である。高校時代に友人宅に行くと街中に工場のパイプが張り巡らされており唖然とした。
まるでSF漫画のような光景だった。

だが、工場のお陰で市の財政は潤っており母親曰く「ゴミの日に分別しなくても良い位、儲かっている」らしい。

だが、ゴミの分別をしようと、するまいと街中が工場のパイプであり、将来もパイプの中(この辺の子達の就職先は工場以外ない)である。そりゃグレるよな、と思う。DQNにでもならなきゃやってられない、と言うか。

そんな私はDQNにすらなれなかったのでクラブに通いDJなんぞをする事になってしまうのだが、思い出したくもない時期である。

地理的に苅田市と北九州市の間に『新北九州空港』がある。その為に道路まである(橋)。


しかし昨年は1月にNY、5月にソウル、と旅で始まったのだが、今年は高知県山岳地帯→東京→郷里→東京と忙しい。


食事はないので小倉駅前で何か食べよう。ってか駅前に深夜でも開いている店があるんだろうか。屋台があれば行くのだが不安である。



高知県行きの飛行機の中で書いた日記

(昨年12月26日に飛行機の中で書いた日記)



高知県の限界集落で2週間を過ごす事になった。





高知県は知人曰く日本一、遠い場所らしい。
距離で言えば遠くはないのだが陸路が遠い上に海がある。


陸路は60年代に新幹線等を通して欲しい、と言う要望があったらしいが時の首相が「四国なんて言う『お遍路』しか来ない場所に新幹線なんぞ通しても無駄だ!死者や水子を供養するのに新幹線を使うと言うのか!それじゃ英霊達が浮かばれない!」と蹴ったらしい。


個人的には沖縄よりも『ナイガシロ』にされているのが四国であり、その最もたる国が『高知県』であり『長岡郡大豊町』である。



携帯電話はDOCOMOとauしか繋がらない。インターネットはADSLしかない。

主なインフラは『回覧板』。

平均年齢は65歳以上

一人よりも猪の方が多く、犯罪と呼べるようなモノが殆んどないので警察も殆どいない。だから自動車道は必然的に『アウトバーン』状態、と言うか時速120kmがデフォルト。

高知県に行く事になったが職場から給与を貰ってない。

零細企業で創業50年なので給与は『手渡し』なのである。

だが、仕事に対して完全に疲れ果てた・・・と言うか職場を思い起こすだけで吐き気がするほどなので受け取りに行くのも難儀だ。

振込みにしてくれないか?と頼むが渋る。渋る理由が判らないのだが単に面倒臭いだけだろう。

年明けに受け取る事にして高知県へ。




高知県に行くにはバスや鉄道があるらしいが、他県に行くのに『地上』『地面』を走りたくないモノである。
何度も言うが、21世紀を過ぎた現在で地面を素早く走って褒められているのは


陸上競技

ゴキブリ

新幹線


くらいなもんだ。大体、新幹線も時速300kmと言っても常に300kmではなく100km程度。
実際には500kmまで出せるらしいが、出さないのが『オモテナシ』と言うものだ。
そんな『オモテナシ』なんぞはいらない。


で、叔父と話してグッタリと疲れる。もう、叔父(社長)と話すだけで疲れ果ててしまうのである。


暫くグッタリとしながらも荷造り再開。


荷造りと言っても私なので荷物を殆ど梱包or整理整頓せずに『カバンに詰めるだけ』なんだが。

多分、忘れ物はないはず・・・。だが、不安になるので何度か確かめる。

多分、大丈夫なはずである。




丸の内線新高円寺から新宿。新宿から品川。品川から羽田空港。

まだ26日だと言うのに空港はごった返している。何だか中国の旧正月での北京駅を彷彿させる光景である。

「スリがいるぞ!」

と言う大声があがる。人込みに紛れて善からぬ事をする人もいるらしい。

「ママー!ママー!」と泣き叫ぶ子供。

割り込んだ、邪魔するな、と殴りあう白髪の紳士。

「被災地の復興の為に寄付をお願いします」
と薄汚い募金箱を持って金をせびる似非慈善団体。

アフリカ人らしき女性が「母親の手術費用の為に寄付をお願いします」
と叫んでいる。

隣では共産党が「自民党の一党独裁制時をぉ~!」とメガホンで叫び、その共産党員の横では右翼が「アメリカの奴隷なった政府はぁ~!」と叫んでいる。暫くすると双方、メガホンで殴りあい始めた。だが、どれに対しても皆、無視を決め込んでいる。疲れきった表情だ。


別れを惜しみながらディープキスどころか下着に手を突っ込みながら愛撫しあう恋人達

恐らく無断と言うか家庭用プリンターで出力したクリスチャン・ラッセンの絵葉書を売り付けて来る貧乏臭そうな子供。子供を遠巻きに関しているDQNな親子。

金持ちそうな中年男性に春を売ろうと交渉する中学生女子。

だが、このテの女子中学生を買うと後で美人局である親(DQN)が脅迫してくるのが常なので無下にあしらわれている。
「いーじゃん!あたしの超絶技巧のフェラを体感したくないのぉ?貴方のテポドンは飾りぃ?1万5千円でいーからさー!」と今日の東京は最高気温-18度だと言うのに生足で迫るが、そんなのに惹かれるのは修学旅行生くらいなもんだ。

空港の向こうから銃の発砲音がしたので空港で警備している警察が一目散に殺到する。
皆、一斉に伏せる。暫くすると目を血走らせた男性が意味不明な事を叫びながら屈強な警察官達に取り押さえられていた。

どうなるのかな?と思っていたら若い警察が素早く男の後頭部に銃を突きつけ発砲。
男は静かになった。だが周囲は赤く汚れた。

「おとーさーん!東京バナナ食べたい!東京バナナ食べたい!」
と子供が叫ぶ。

私の隣の疲れきった表情の男性が
「おい!おとうちゃん!東京バナナ位、買ってやれよ!」

と言うと周囲から笑い声が起きた。父親らしき人物は男性を睨みながらも土産物屋に向かった。


飛行機は其の事もあったのか30分も遅れた。



アナウンスでは貨物の積み遅れが原因なんだとか。スチュワーデスに聞くと原発で使う為の『濃縮ウラン』を積み込むのだが、容器が壊れてしまったらしく周囲が一気に汚染されたんだとか。
大急ぎで除染をしようとしたのだが激しい放射線で誰も近づけない為、遅れている、と言う。
直ぐに決死隊を作って除染するので、もう少し待って欲しい、と。


飛行機を飛ばす処の騒ぎではないのではないか?と思うのだが30分後に飛行機は動き出した。無事に液体濃縮ウランの積み込みには成功した『らしい』とスチュワーデスは言う。


この文章は飛行機の中で書いているのだが、私の椅子の下には濃縮ウランが積まれているのかと思うと聊か、生きた心地がしない。
思えば先ほどから鼻血と頭痛が止まらない。髪の毛が季節代わりの猫の如く抜ける。

無事に四国まで辿り付けるのだろうか。


しかし、JALを使うのは久し振りだ。と言うか何年ぶりだろうか。

幼い頃、家族旅行で東京ディズニーランドと『つくば万博』に行った時にJALだった。
当時のJALは日の丸親方だったから、サービスは凄かった。
「流石は飛行機は違う!」
と子供心に思った。其れまで長距離旅行と言えば車か、『寝台車』だったから。寝台車も赴きがあるが最近は流行らないらしい。

しかし、JALも潰れかけた為なのか『高知逝き』だからなのか余り素敵な感じではない。何と言うか新幹線みたいだ。
だが、椅子は足元が広い。この辺は流石はJALだ。

あと15分で到着するらしい。

電源を切ってくれ、と言うお達し。さて、人外魔境へ。

2013年12月25日水曜日

闇のクリスマス

皆様、メリークリスマス!




如何、お過ごしでしょうか?。
大切な人と過ごしている人、
恋人と過ごしている人、
家族と過ごしている人、
仕事をしている人、
今日も残業の人、
メタボリックなのにピザとチキンとケーキを食べている人、
『FC2アダルト』XVIDEO』の二本立ての人、
風俗に行っている人、
サンタの衣装を着てバイトをしている人、

様々な過ごし方があると思います。今日はクリスマス。穏やかに過ごしたい処ではあります。



し!か!し!



今日、帰宅すると部屋が暗い。つまり



電気を止められていた。




これほど屈辱的なクリスマスがあるのか?なぁ!!!?クリスマス・・・聖なる夜に電気を止められた事がお前等、あるか?

主だぞ?主が産まれ、聖なる一夜に『電気を止められる』なんて聴いた事があるか?

ゴッホにしろ、灰野ケイジにしろ、大野一雄にしろ、80年代インディーズにしろ、知人の旦那の若い頃にしろ、ゴーギャンにしろ、晩年のモーツァルトにしろ、皆、最底辺の貧乏暮らしをしていたたらしいが


『クリスマスに電気を止められる』


と言うのは聞いた事がない。そもそも『聖なる夜』に『電気を止めよう』と言う東京電力の方針がおかしい。普通の感覚なら

「この人、止めなきゃならないが年末だしクリスマスが終わったら正月だろ?じゃあ、1月15日に止めよう」

となるだろ?之って人情とかそう言う問題じゃなくて企業のコンポライアンスとしてそう言うもんだろ!!!!



だが、私は36歳で、既に大人だ。だからこそ人生の酸いも甘いも嘗め尽くす処か『皿まで食』ってきた私は皆にクリスマスの真実を伝えようと思う。
こうやって電気を止められてこそ痛感するのである。


「クリスマスは『冬至』を過ぎた頃に来るので聖なる夜、と言うよりは単に凄く寒いだけ」


である。聖なる夜と言うか、考えてみるとキリストって中東の人なんだよな。今のイスラエル。

だから、この時期でも最低気温8度とかで、そんなに寒くないんだよな。だって新約聖書を読んでも「寒くて仕方がねーよ」と言う記述は一言もない。いや、マジで。
当時は地球温暖化がなかったから、もう少し寒かったとしても東京よりは暖かいだろう。


だから気候的にクリスマスってのは日本には余り無理がある、と言うか。何と言うか

『ボツワナ共和国』で『雪祭り』

を行うのに近い、と言うか。



しかし、暗いし寒い(うちは電気ヒーター)。冗談ではない。このままでは凍死してしまう。


「電気を止められたんですが」


糞の東京電力に電話する。

「おやおや、お気の毒に」

「お気の毒に、じゃねーぞ!お前等!クリスマスに電気を止める事ぁねぇだろ!

「しかし、電気料金をお支払い頂いていないので止めるのは道理にかなっております」

「確かに正論だ。しかし、今日は『聖なる日』であり『聖なる夜』だぞ?そんな日に電気を止めるってのは企業コンポライアンスとして、間違っているだろ!」

「いえ!お客様・・・否、電気料金をお支払い頂いていないの『お客様』ではありませんな

「な!」

「なぁ、KO.DO.NA君」

「なぬ!」

「確かに今日はカレンダーで言えばクリスマスだ。だが、クリスマスとは行ってもキリストに『戸籍』『住民票』があるのか?」

「紀元前だからあるわけがないだろ」

「じゃあ、今日がキリストの誕生日だってのもおかしくないかい?確かに『天皇』に関しては産まれた日が判っているから祝日だ。だが、大昔に死んでいる上に『ローマ兵』にレイプされて産まれた『不幸な子』の誕生日って事を誰が証明出来る?」

「・・・!」

「それに私達に感謝して欲しい。君に『キリストが産まれた頃のクリスマス』を忠実に再現しているのだから。つまり、之はサービスって奴さ」

「サービスって!俺の部屋が寒いって事の何処がサービスなんだ!」

「キリストが産まれた頃、そしてキリストが存命中の頃に電気があったと思うのか!!!!」

「っは!った・・・確かに・・・」

「電気は1879年10月21日にエジソンが発明するまで、この世は暗闇であり漆黒の夜だった。其処へ我々が苦労して電気を通したんだ。だが、知るところによると君は『なんちゃってクリスチャン』。ならばクリスマスにキリストと同じようなシュチュエーションを、と会議で決まったのだよ」

「嘘付け!俺の為に会議を開くほどお前等、暇なのかよ!」

「確かに私達は原発とか放射脳の糞サヨを潰し捲くるのに大変だから会議は開いてない。だから嘘と言えば嘘だが、ジョークと言って欲しいな」

「俺はオマエのジョークを聴く為に公衆電話に100円突っ込んでいるわけじゃねーぞ!この『聖なる日』に電気を止めるなんて、幾らなんでもあんまりだ!今すぐに電気をつけろ!」

「聖なる夜、と言っても先ほどから言うように誰がキリストの誕生日だと断定しているのかね!」

「エルサレムだ!」

「エルサレム?」

全ての道はエルサレムに通じる!『乳と蜜の流れでる約束の地』であるエルサレムが断言している!お前等、東京電力とは格が違うんじゃい!格がぁ!

「しかし『乳と蜜の流れでる約束の地』とは言っても現実には乳も密も流れてないではないか

「それはメタファーだよ!メタファー!そう言う風に言わないと当時のユダヤの奴隷は動かねーだろ!ギャンブルと同じで夢見させておかないと馬鹿奴隷は動かないんだよ!」

「まぁな。大体、『神の声を聴いた』とか言うモーゼなんて現代医学だと単なる統合失調症患者だしな」

「とりあえず『エルサレム』が『今日は聖なる日』って決めてんだよ!そんな日に電気を止めるなんて言う暴挙が許されると思っているのか!さっさと俺の家の電気をつけろ!もっと光を』!」

「エルサレムが言うならば仕方がない・・・と言いたい処だが、実は我々はキリスト教徒でも仏教徒でもないのだよ」

「なんだと?」

「東京電力は『天皇制』です!今上天皇陛下の誕生日には電気お付けしておりました。陛下の誕生日に臣民に苦労をかけるのは成らぬ!と言う上層部からのお達しが御座いました」

「なんで急に口調が変わるんだよ」

「陛下について語る時、お言葉を選ぶ運用になっておりまするるでございまするるので御座いまするるる」

「で、天皇制だと『クリスマスに電気切断』なのかよ」

「左様。陛下はクリスマス等と言う西洋の慣わしなぞ祝いませぬ!陛下が祈るのは我ら臣民の平穏と眞子内親王様が『処女ではない』事が世間にバレない事で御座りまするるるる」

「じゃあ、今の俺の『苦労』は?ヘーカは祈ってねぇのかよ!」

「否!しかし、陛下は311の際、被災地の人々の苦労を偲んで電気を一切、つけない生活を送っておりました。何しろ戦中産まれの金ばかり食う糞老害・・・ごっほん!失礼致しました。立派な方で御座いますので『電気がない』程度では苦労とはお思いになりませぬ。貴方も被災地の方々の方々の苦労を体験する事が出来て、さぞかし陛下もお喜びかと思われます」

「うるせぇよ!俺はマルスク主義だぞ!」

「え?さっきは『なんちゃってクリスチャン』って言ってたではないですか」

「マルクスとキリスト教は矛盾しない!」

「そうですか」

「だから、あの糞天皇の苦労なんてしらねーよ!さっさと電気をつけろ!大体、なんで部屋で凍えなが過ごさなきゃならないんだ!俺は被災者か!」

「まぁ、放射能は東京にも焼夷弾の如く降り注ぎましたので被災地と言えば被災地かもしれませんな。ってか過去形じゃなくて現在進行形ですが」

「その放射能をバラまいたのはテメー達だろ!」

「否!キュリー婦人です!」

「はぁ?」

「あの糞女が放射能なんぞを発見したからこそ、あの発電所があるのです。大体、あんた、知ってますか?うち等が原発を作りたいから作ったワケじゃなくて過疎地の自治体が『原発カモーン!』って言うから作ってんですよ?維持費とか人件費を考えると原発なんて割に合わないこと位、サルでも知ってますよ。しかし私どもは臣民の為に尽くさなくちゃなりませんからねぇ。311以降、色々な自治体から『原発事故の一つや二つで、原発撤退なんてするんじゃねーだろうな!』と激怒されたもんですよ(これ、実話。ソースは明かせないが実話)。

「いいから電気をつけろ!」

「ならば10月分1590円を最寄のコンビニエンスストアでお支払い下さい。さすれば我々の尖鋭部隊が電気を付けに行くでしょう」

「ち・・・ちくしょー!」




こうやって私は日本を覆う糞fuckな『天皇制』によりクリスマスの夜を凍えながら過ごしているのである。なんて事だ。



で、現在、23時16分。

電気はついてない。


明日から高知県だと言うのに旅支度すら出来やしない。嗚呼・・・・

2013年11月25日月曜日

フリージャズ

フリージャズを志していた時期があった。





「何年前の事だっけ?」と思ったのだが911前後だったので2000~20003年頃である。当時は本気でフリージャズを志していた。

『フリージャズ』

と言うフォーマットであれば自分が見ている森羅万象、異性、人、感情、その全てが表現出来ると思っていた。

当時、20代前半。

思えば当時は洋服を買うときにメンズだとブカブカになるのでレディースしか着れない程、私は細かったし華奢だったし、外見通り内面も華奢だった。



で、


ニュージャズ・シンジケート』と言うジャム・セッションに通っていた。恐らく当時、都内最大音量を誇るジャムで、年齢層は高かったがキャリアのある人が多かった。

怖かったけども必死で通っていた。


当時はまだTPも下手糞で(今も下手だが)、20分も吹けば唇はバテバテ。30分を過ぎるとGから上が出なくて、1時間となると音が出なくなっていた。
コードなんて判らなかったし、リリックやフレーズの貯蓄も皆無。テクニックも皆無。

全くのズブの素人だった。

それでも必死で周囲にあわせて45kgの身体で吹いていると吐気がしてくる。ステージを走って降りて、トイレでゲロを吐いて、水で口を濯いで、そのままステージに上がって、また吹きまくる。

翌日は全身が筋肉痛のようにボロボロになっていた。


そのNJSを主催していたのが『庄田次郎と言う男で、ボディビルで静岡県チャンピオンになってしまったような人物。で、同じくトランペット。

http://www.ne.jp/asahi/miz/njs/profile.htm

今、思えば庄田次郎氏のTPは下手糞と言うか、力任せに吹くだけのアナクロなトランペットなんだが、その『肉体派トランペット』と言うか大音量で、強力なスタミナに驚愕した。


氏と3回り以上、年下の私では到底、敵わない人物だった。伝説の『阿部薫』の兄弟弟子だった、と言うキャリアもあり凄く尊敬していたし、憧れでもあったし、同時に「いずれは倒さなくては」と思っていた。その日が何時になるのか検討も付かなかったが。
何しろ当時は基礎練習のやり方すら判らなかった位である。庄田氏にすれば私は、ガキで、熱意はあれども何もかもが追いついていないウスノロ。

そう言う事もあったのか可愛がって貰った覚えがある。庄田氏が贔屓にしていた糞みたいなバーに連れて行かれたり(店主が若干、狂っていた)。

当時の庄田氏はウィスキーをロックでバカスカと呑みながら狼の如く吹き捲くっていた。バラードのような演奏もしていた。
桁外れの酒豪で、其処にも「すげー!」とか思っていた。


当時、NJSに通っていた『若手』としては

①岡庭さん
②コヒヤマさん
③私
シークレットカラーズの面子

だった。私を含め『若手』(と言っても皆、30手前だったのだが)の共通項目は

「如何にして庄田次郎を倒すか」
「どうすれば庄田次郎以降を作れるか」

だったと思う。口には出さなくても、そう言う気持ちだった。だからタンテの奴が居たり、岡庭氏は大音量ギターを弾いたり、エフェクティブな演奏をしたり、私は溺れる子猫の如く必死に吹いたり。


多分、丁度、分岐点だったんだと思う。


思えば世界共通時期なのだが『音響系』と言う演奏スタイルがシカゴ~日本~ユーロ圏で登場し始めた頃だった。で、其れまでとは全く違う演奏スタイルと、70年代の肉体派の演奏スタイルがぶつかり捲くっていた。

何しろ演奏する場所がないのでフリージャズのセッションに行くしかなく、其処でエレクトリックと肉体派が、心理的にも具体的にも衝突していた。

その最前線に居たのは岡庭氏でもあり、コヒヤマ氏でもあり、私(NJSに行かなくなってからだが)でもあり、シークレット・カラーズの面々でもあり、同時に庄田次郎だった。


今、思い出したのだが入谷の『なってるハウス』のJAMに行った時にオクターバーとディレイを持ち込んだら露骨に嫌な顔をされた。で、「使わないでくれ」と言われた。
あと、年長者だったフリージャズの人とセッションしてディレイで音を加工したら死ぬほど嫌がられた。

「ジャズは電気を使っちゃ駄目」

と言う不文律のようなものが確かにあり、要するに50年代と同じようなセッティングでやらなくてはならなない、と言うような感じだった。



信じられないような話かもしれないが、本当にそうだったんである。



そう言った雰囲気と不文律の象徴が『庄田次郎』だった。だからこそ倒すべき存在だった。


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ミュージシャンは10代の男の子みたいなもんで、好きな相手と一晩、ヤレるとなると雑種の犬の如く尻尾を振りながら、何処にでも行く。

照内央晴』氏

とは、10年以上前に知り合い、その頃に一度だけセッションしているのだがセッションの内容は確か精神障害者が経営するライブハウスのJAMで、しかも『寅さん』のテーマソングをファンク風にアレンジして、と言う思えば黒歴史である。

とは言え照内央晴氏。多分、都内TOP3のピアニスト。

こんな美女とやりたがらない男は男とは言えない。音の中に居る奴なら必ず勃起するピアノを弾く男である。



場所は『神奈川県金沢文庫』と言う辺境にある『ブルームーン』と言うジャズバー。


電車に乗って目的地に向かうが何時まで経っても到着しない。

「永久と言う名の列車・・・」

と中二病っぽい事が頭を過ぎる。持参したエフェクター(ループマシン、マルチ)が重たくて疲れる。

改札で照内さんと合流し、ドトールで世間話。


其の後、『ブルームーン』へ。


行くと店には庄田さんが居て「お!来たか!」と昔と同じく大声でベラベラと喋り捲る。何と言うかニュアンスとして唐組の唐十郎を彷彿させる感じである。体型も似ているし、

「この人、多分、一人のときは暗い表情しているんだろうなぁ」

と思わせる部分も似ている。力任せで、肉体派って処も同じ。


幸い唐さんはギターが少し弾けるだけで、JAZZやROCKは大嫌いな人だからジャズバーに来る事は100%ないが(若い頃は頑張って行っていたらしいが、嫌だったんだとか)。
(因みに唐十郎がギターを習い始めた理由ってのが「芝居じゃ食えないし、流しのギターで食うしかないかなぁ」と思ってドイツ人のギター講師について習っていた。動機がそんな消極的なモノなので、あまり上達しない。ある日、そのドイツ人講師に「大鶴君!月光を弾いてみなさい」と言われて弾いたら、講師から「大鶴君(唐さん)!君には才能がない!出て行け!」と怒鳴られて泣きながらギターを止めたんだとか。だが、当時の状況劇場の劇中音楽は機材がなかったので唐さんや、当時の劇団員がギターを弾いたり、弾き語りだったりしたので良かったのかもしれない)


WEBでは綺麗な感じのジャズバーだが行ってみると薄汚かった。店のママさんも来てないので、ビールを買って呑む。

で、ママさんが来たので照内さん、私、矢野さん(バイオリン)のトリオでやる事に。演奏する前に一寸、ハイな庄田さんが

「まずはオマエ達がやれ。な!で、俺が後で徹底的に壊すから、な!完成したものを壊すのが俺の役目だから、な!」

と言う。

「っけ!。そうは行きませんよ。そうそう、ヤワじゃありませんよ。此方も伊達でやってるワケじゃないですからね。上等ですよ」

と言い返すと

「な!テメー、言いやがったな!おい!●●!聴いたな!こいつ、言いやがったぞ!よーっし。じゃあ、見せてみろ!」

と言う。庄田さん、こう言うのは嫌いじゃない。



で、行き成りハムノイズからスタート。


実を言えば結構なプレッシャーだった。庄田さんもあるが照内さんの存在もデカい。この二人に負けない演奏、となると此方も芸の総動員。

ノイズからスタンダードプレイまで。

ハウリングならお手の物。だが、途中でエフェクターが不調。帰宅後に調べてみたらケーブルが断線していたのだが。で、マイクがもう一本あったのでブレス音と、色々。



で、次のセットが庄田さんと、ドラムのディオ。


トランペット同士だと判る雰囲気ってのはあって、庄田さんが明らかに此方のTPを意識しているのがわかった。

3セット目は庄田さん、ドラム、バイオリン、照内さん、KO.DO.NA。



借りた芸の恩は芸で返さなくてはならない。伊達や酔狂で15年も吹いているワケではない。庄田さんが出来る事を此方も出来る上で、庄田さんが出来ない事を見事にやらなきゃ駄目。
で、照内さんの音にも対応しつつ・・・。


ビールを便ごとラッパ呑みしながら、犬の如く二人で叫びながら演奏。庄田氏が上半身脱ぐので(ボディビルをやっていた為か脱ぎたがる)、此方も上半身だけ脱ぐ。


完全にバトル状態。


で、終わり。


店のママさんから「マイクをハウリングさせないで」と言われたが、ケーブルでハウリングさせている事を説明。

「機材は大丈夫だけどお客さんの耳が壊れちゃう」

「この位で壊れるほど耳は脆くない。壊れても3日程度治る」

と呟く。



終わって照内さんに「今日は此方の完全勝利ですな」と伝える。感触として「圧勝」と思った。音楽は勝負事じゃないけども、どこか『勝ち/負け』はある。私自身、10年間、負けっ放しだったから。

勝利は嬉しい。


終わってから庄田さんに

「今日は有難う御座いました」

「おう」

「昔、NJSで僕を含めて『どうやって庄田さんを倒すか』って言うテーマがあったんですよ」

「あ~。それは当時、凄く感じてたよ」

「昔、シゴかれたし、だから今日は失礼だとしても全身全霊で挑ませて頂きました」

「嬉しいね。オマエの演奏は面白かった。絶賛はしないが面白かった」

と言う。


まぁ、ちょっとは借りを返せたかな、と思った。照内さんとも濃厚な時間を過ごせたし、本当に良い夜だった。



15年越しのリベンジ



店のママさんが「またライブしてねー」と抱きついてきた。

「もう、ズーっと抱きしめちゃいたい!」

「お望みなら私は朝まで抱きますよ」

と頬にキスして帰宅。



音響派はCOOOOOOO+++++Lじゃなきゃね。

照内さんとノンビリと帰宅。思えばユックリと話すのは初めて。だけど、1000回目の会話のように話せる。不思議だ。多分、照内さんの前世は中国の傭兵とかで、私も同じ部隊だったに違いない。



さて、最大の恩師である唐十郎に借りを返せる日は来るのだろうか・・・。