夜中に両親の目を盗んで外にでた。
外には小川が流れており、以前は水深が深かったが何の理由か判らないが今は浅い。
草陰に『口裂け女』がしゃがみこんでいた。
両手で蛍を掴んでは大きな口の中にポンポンと放り込んでいる。
3歳の頃だったと思う。何分、昔の事なので記憶があやふやだ。
「何をしているの?」
と聞くと『口裂け女』はキチンとマスクをつけて私に振り向いた。
「あのね。蛍を運んでいるの」
「でも、蛍、食べちゃったよ」
「大丈夫。私は形而上学的存在だから口に入れても蛍は大丈夫なの」
「ケージジョーガク・・・何?それ」
「兎に角、大丈夫だから。其れよりもこんな丑三つ時に君はどうしたの?」
「夜が怖いから外に出てみたの」
「夜は私も怖いわ。誰だって田舎の夜は怖いものよ」
「幽霊が出そうな気がするの。『あなたの知らない世界』って言う怖い番組知ってる?」
「私も何度か出たけど嘘っぱちよ。あんなの。TVなんて話半分に聞かなくちゃね」
「蛍はどうするの?」
「此処は沢山いるでしょ?だから他の処にも運んでいるの」
「此処の蛍もオバちゃんが運んできたの?」
「オバちゃんじゃなくて『お姉さん』よ」
「・・・お姉さんが運んできたの?」
「そうよ」
「どうやって」
「見たい?」
「うん」
すると『口裂け女』はマスクを取り、耳元まで裂けた口を私に見せてきた。
「之でも?」
だが口調は柔らかい。
「すごーい。お口がおっきいー」
「色々と事情があるのよ・・・。込み入った事情が・・・」
「ふーん」
彼女が話すと何しろ口が裂けているので奥歯まで見える。
「で、蛍は?」
「こうやって蒔くの」
すると口裂け女は上を向き、口を「ッパカ!」と目一杯に広げた。
口の中から蛍が光りながら、「・・・パラパラ・・・」と夜空に大量に舞った。
「すご・・・い・・・」
夜空がパッと明るくなったような気がした。目前は光の粒で満たされる。私も満たされる。
その日の夜も母は父に殴られ、その後に激しいセックスをしていた。
幼い私にはその光景が『恐怖』以外何者でもなかった。
夜が怖かった。
「綺麗でしょ?」
気がつくと蛍の群れ、口裂け女の元に帰り辺りはいつものように暗い田舎道になっていた。
「うん!」
「怖いのは治った?」
「うん!」
「良かったねぇ」
口裂け女はマスクをつけ私の頭を撫でてくれる。手がとても冷たったが、夏の暑さにはヒンヤリして心地よい。
「よく寝なさい。よく食べるのよ。じゃあね・・・」
『ブワァン!』
と口裂け女は時速300キロで走り去った。彼女が去った後にはフクロウの鳴き声と鈴虫の歌声。其れだけが聴こえていた。
翌日。
保育園で腹痛を起こした。若い保母さんがお腹を撫でてくれた。その保母さんに恋心を抱いていた私は彼女にお腹を撫でられると、いつも腹痛が治っていた。
お腹を撫でられながら保母さんの顔を良く見ると前日の口裂け女にソックリだった。
誰にも言わなかったが。
10年後
思春期真っ只中に『フォークダンス』を女子と一緒に踊った。その時に同級生の女子達の手の冷たさに驚いた。奇怪な音楽で踊りながら「あの人と一緒だ」と思った。
20年後。
私にセックスと女の転がし方を教えてくれて、同棲した女性は幼い頃に会った口裂け女、ソックリだった。
彼女も蛍が好きだった。
9月になったら彼女が死んだ年齢に私はなる。31歳の頃。彼女はへヴィー・ジャンキーだった。
「もう、そんな歳か」
父が母を殴っていた年齢でもある。母が父に殴られていた年齢でもある。口裂け女の年齢でもあるし、保母さんの年齢でもあった気がする。
手が冷たかった同級生は地元の工務店の次男坊と結婚していた。
口裂け女が消えてから、蛍を見た事がない。
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