2017年10月29日日曜日

前世でGO!

3日前に下剤を呑んだ。




だが、4日前からお通じが悪くて、大量服用した。
もう、『オーバー・ドーズ』と言う領域である。
持論が「クスリは呑み過ぎが調度良い」と言うのがある。
良い例が『お酒』である。酔っ払う為には「呑み過ぎ」る必要がある。
酒は百薬の長だ。


で、だ。
下剤を呑み過ぎると、どうなるか?
すわ、

『前世の業を思い知らされる』

である。


生きることは苦痛であり、屈辱であり、恥辱であり、逆説的で、ナンセンスで、愚かであり、激痛と痛苦。
空海も言っている。

生まれ、生まれ、はじめに暗し。

生まれいづる悩み、と言う書物があるが悩みどころではない。

『激痛』

である。


だが、普通に生活していると、そう言った『生きる激痛』を感じることは
稀である。強いて言えば女性の『出産』だろうか。


あ、話は変わるが『ヤリマン』って女性だけのモノなんだよな。
何故かって言えば男性は基本的に『潜在的ヤリチン』なのだが、それが不可能な人も多い。だが、とりあえず男性は『性欲だけ』で性行為が出来る。
だが、女性は性欲だけでは性行為にはならない。

だからこそ、『性欲だけで性行為が出来る女性』と言うのは

『ヒバゴン』
『ニホンオオカミ』
『ニホンカワウソ』
『モケーレ・ムベンベ』
『チュパカブラ』
『ネッシー』
『ツチノコ』
『鵺』
『未だに生きているマイケル・ジャクソン』
『宇宙人とUFO』

と同じくらい貴重と言うか数が少ない。



『ヤリチンになりたい男性』は世の大半(99%)の男性である。

だから男性と女性と言うのは根本的に違う、と言うか。

だからこそ、上記のような(出産や育児のような)

『生きる激痛』

を男性が体験することは稀だ。


しかし、諦めてはイケない。哲学と思想、大東亜共栄論と陛下からお預かりした貴重な身体を、ただの『血の詰まった袋』にしては人生を2割程度しか楽しんでいない事になる。
そこで

『下剤の呑み過ぎ』

である。


もう、此れは体験した人と体験した事がない人では雲泥の差がある。
一説によると下剤の呑み過ぎを体験した事がある人と、未体験の人では年収が150万円違う、と言う。
因みに自衛隊や金融機関での昇格は『下剤の呑み過ぎを体験した事があるorなし』が大きなポイントとなる。
因みに山元五十六や田中角栄は何度も死線を超えたが、その背景には『下剤のOD』が横たわっている。
スティーヴ・ジョブズもインドで凄まじい下痢になり、苦しむトイレで考案したモノが後のiphoneである。


で、呑み過ぎたワケだが寝る前に呑んで(呑み過ぎて)朝方に発動した。
呑んだのは『ピンクの悪魔』と呼ばれるコーラックではなく『マグネシウム剤』なのだが、本当にマグネシウム剤だったのか?と思うほど厳しい。
出しながら「思えば、出るほど食ってなかったのでは?」と思うほど

『激痛あれども実ならず』

と言うか。もう、液体しか出ない。
だが、液体が延々と出る。



BL漫画を読んでいると、『受け役』がアナルを弄られて「ぬっぷぅ・・・」「くちゅ・・・くちゅ・・・」と液体を排出するシーンが多い。





実際に肛門からドロドロとしたモノを出す、と言うシュチュエーションは原則、と言うか絶対に
『救急車』

『緊急病棟』
なのである。
しかし、私はBL漫画の『受け役』ではない。下剤の呑み過ぎである。


何時もは2時間程で終わるのだが、今回は終わらない。
朝8時から15時まで延々と続く。
もう、BL漫画の受け役かよ?って言う状態である。
身体中から脂汗が出る。
出しても、出しても終わりが見えない。
そして腹痛。
「顔はやめなよ、ボディ、ボディ」
と言う台詞が浮かぶ。


「此れが前世の業と言う奴か」
「此れが俺の前世か」
「前世でGO!」

とか色々な言葉が浮かぶ。

途中、意味もなく唐十郎の迷著『特権的肉体論』の意味不明な一節

『痛みとは肉体のことである』

と言うのも浮かぶ。

「痛みとは肉体のことである、ってなんだよ・・・。」

とか。
だが、確かに『痛い』と言う状態は自分の身体に全神経が向かう。
普段は女のケツだとか、下らないポップスだとか、クマが人里に来て殺された、とか、どーでも良い事に目が行くものだが『痛い』と言う時だけは身体に焦点が集中する。

「俺、今だったら舞踏家になれるな。この状態は土方巽を超えてるな」

とかワケの分からない事を考える。



事が終わったのは夕方15時だった。

もう、身体中の体力、知力、運、此れまでのキャリアの全てをつぎ込んだ。
そして全身全霊で疲れた。

布団に倒れこむ。

「此れで贖罪は終わったな」

と思う。キリストが十字架に張付けられた事を考える。

「嗚呼、此れで人類の救済が終わった」

と思いながら気を失う。





気がついたら翌日の朝9時だった。

「あれ?」

と言う感じである。夕方15時から夜とか深夜等があったはずなのだが、記憶にない。
だが、カレンダーと時計を見ると一日が消えているのである。

此れは変な感じである。

まるでタイムスリップしたような気分だった。


『一日が消えている』

と言うのは本当に不思議な感じである。空腹感もない。物凄い時間を眠っていたし、脱水症状もあったから唇が乾いているが、喉の乾きはない。

煙草を吸うと離脱症状がある。

「やっぱり、一日以上寝ていたのか・・・」

と思った。


一日と言う時間を自分だけ先に送っているような変な感じがした。

2017年10月21日土曜日

ボギー!俺も男だ!

「男らしさ」とは何か?!




女系家族育ちの私にとって永遠の課題である。何しろ「男らしさ」である。性別でたまたま『男性』に生まれただけなのに「其れ相応の振る舞い」等が要求されるのが世の常らしい。

『男』とは何か?
『高倉健』である。
『唐獅子牡丹』である。
『ヤクザ』である。
『着流し』である。

寡黙で朴訥。一本筋が通った男。そして「やるときゃヤル!」と言う姿勢。

だが合コンやコンパ等で「寡黙」「朴訥」では済まされず、そして「やるときゃ」と言う「やるとき」は滅多に来ないし、来たとしても『事件』とか『事故』は意外と数分で終わるもんで「あ!」と思ったら終わっている。合コンやコンパでモテず、そして「やるとき」にも活躍出来ないのでは役立たずである。



幼い頃から「男らしくしろ」と言われて育ったが、女系家族育ちなので『手本』となる男性が居ない。父親は裏家業に手を染めていたが其れ以前に医学的に『狂って』いたから「男らしい」と言う感じはない。『男らしい』と言うよりは『狂っている』である。

『キチガイ』と『男らしさ』は共存できるのか?

姉と妹だったので、気がつけば私もヌイグルミを抱きしめて寝る男の子。髪型は今と大して変わらないがオカッパ。『キャンディ・キャンディ』で泣き、『リカちゃん人形』で遊ぶ私。小学校では飼育されていたメダカやウサギと語り合い、休日に『遊園地』の『お化け屋敷』ではボロ泣きしていたのが私である。

で、今でもヌイグルミで『コマ撮りアニメ』を作る私と『男らしさ』は地球とイトカワ位、離れている。



だが場所は九州であり、しかも『北九州市』である。九州は『男』の本場で、尚且つ鉄鋼業と炭鉱で栄えた北九州市の『男らしさ』は半端ではない。
私のようにヌイグルミとウサギとリカちゃん人形なんて例外中の例外である。

まず『男らしさ』を追求するスポーツと言えば

柔道
野球
骨法
剣道
相撲
武術

とされている。この6つの内、どれもしていない奴はいない。実際にリカちゃん人形でヌイグルミでウサギさんだった私ですら中学生の頃は『少林寺拳法』を習わされていた位だ(全く身にならなかったが)。

事実、ヌイグルミでウサギさんでリカちゃん人形だった私を母は『甲子園球児』にしたかったらしく毎年、甲子園を見るたびに「あんたを、甲子園で見たんやけどねぇ・・・」と溜息を漏らしている。思えば『ソフトボール』すらやらされていた。死ぬほど嫌だった。

大体、『ソフトボール』って何だ?

何故、あんな効率の悪い投げ方をすのか?
何故、バットを短く持たされるのか?
何故、一時が万事、カッコ悪いのか?
『ソフト』と名前が付いている割にはボールは硬いし。

『ゲートボール』と同じ位、意味不明なスポーツである。


だが九州の同学年の少年や青年達は日々、『漢的なるもの』を追求してならなかった。

まず『野球』である。

私の頃はサッカーはプロ化されておらず『野球』がメインだった。


『北九州市立小倉高校』の野球部はその練習方法が全国的にも独特で、日本中の球児からの憧れの的だった。

まず練習が凄い。

北九州市と言えば『鉄鋼業』だ。だから野球のボールなんて言う生温いく、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『ホーガン投げで使う鉄球』


である。それで練習を行うのである。勿論、普通のバットで打ち返していては折れてしまうので・・・と言うか『バット』なんて言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『日本刀


である。この『日本刀』と『鉄球』は北九州市の名物でありJR小倉駅や北九州空港の『お土産コーナー』でも売っているのでご存知の方も多いだろう。
北九州市が世界に誇る『八幡製鉄所』で作られたモノであり日本刀に至っては『錆びない』『丈夫』と言う事でステンレス製である。

その鉄球と日本刀を腰にぶら下げて通う野球部員は常に憧れの的だった。


他にも練習の内容として『炭鉱掘り』がある。

『体力』や『根性』、そして『男らしさ』を磨く為に三池炭鉱にて炭鉱を掘るのである。掘る、と言っても削岩機やツルハシと言った生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。

『素手』

である。北九州市の住民の大半はアフリカの農民よりも貧乏なので、炭鉱を掘り、其の資金を学費に当てる、と言う意味合いもあったらしいが、矢張り男らしかった。

因みに高校での炭鉱掘りは所詮はアマニチュア。プロは違う。親方の下で下働き修行して3年!漸く『ツルハシ』の所持が許される。鋼の上腕二頭筋!真っ白な肌(年中、穴の中にいるので日に焼けない)!額に汗!
そして落盤事故が起きても自力で這い上がって来るのが『九州の炭鉱夫』である。会社に対してモノを言う際は勿論、労働組合なんて言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノはない。

『切腹』
『影腹』
『焼身自殺』
『カチコミ』

である。毎年、メーデーの時期になるとKBS(ローカルTV局)で座禅を組んだまま焼身自殺をする炭鉱夫の姿が実況生中継されるのが風物である。または炭鉱会社の社長が『豊田商事事件』のようにTVの前で殺されるのが風物詩である。



で、高校球児だが普段の練習の際は何故か『目隠し』をして行う。私は野球部に所属していなかったので聞いたところ

「普段、目を使わない→試合前に目隠しをとる→視界が一気に広がる→打率が上がる」

と言う事らしい。『日本刀』と『鉄球』で『目隠し』。全く男らしかった。


で、試合1ヶ月前になると何故か『断食』し始めるんだよな。あれは不思議だった。断食といってもイスラム教のような「水程度は良い」と言った生温く、女々しく、子供騙しような事はない。

『水も食事も絶食』

である。試合前に痩せこけ、干からびたミイラのような顔になっていく野球部員達は市内の憧れだった。因みに海などで「何分、息を止められるか?」「何分、潜水できるか?」も練習メニューに加えられており毎年、真冬に(何故か真冬に行うのだ)潜水練習で死んでしまう球児のニュースが風物詩だった。

『絶食』ではあるが九州男児なので『セックス』に関しては奨励されており、部員達は女学生をよく集団レイプしていた。レイプされた女学生は流石にトラウマになるらしいが市内では『目出度い事』とされている。そのレイプの際に出来た子供は寺に預けられる。ニュアンスとしては
『獅子舞に噛まれる』
と思っていただけると判り易い。断食中だし、セックスやレイプは辛いのではないか?と思うのだが

「食事を少し抜いた位でチンポが立たんようじゃ『漢』とは言えん!」

らしい。



其れが北九州高校野球シーンである。

上記を逸脱しているように見えるが、この土地では其れが当然である。



因みに北九州市で育つ男子は小学生までは『ロバ』に乗る。

中学生になってから『ラバ』に乗る。

そして高校を卒業すると親族や一族で金を引っかき集めて『馬』が送られる。

もう「漢」と言えば『馬』である。エコカーなんて冗談じゃない。車や自転車と言った生温く、女々しく、子供騙しのようなモノはない。矢張り

『馬』

である。実は馬って相当に飼育や管理が大変で江戸時代でも利用する人は少なかったのだが(一部の武士や特権階級者だけ。しかも使用する際は「物凄く急いでいる場合」「儀礼」程度である。普段は牛か徒歩だったらしい)北九州市では『馬』である。相当に大変らしいが。

因みに北九州市には全国的に有名な『競馬場』がある。其れも一因である。

そして休日には『流鏑馬(ヤブサメ)』である。あの『競技』なのか『遊戯』なのか『武術』なのか判らない意味不明な行為。其れが『漢』らしさ、である。


私はヌイグルミでウサギさんでリカちゃん人形だったので『馬』とは『農事センター』や『動物園』で触れ合う程度だったが、北九州市では『馬』は「触れ合う」モノではなく「乗りこなす」モノだった。だから必然的に親族達から送られる『馬』は相当な『じゃじゃ馬』だったらしい。「こりゃ駄目だ」と言う程、扱えない馬が馬肉とならずに北九州市に送られる。

付ける名前も凄かった。

『罵詈雑言村八分1号』
『怒髪天鬼怒裁鉄石』
『仏殺鬼天海寺業火全焼炎気炎喘息号』
『爆弾原爆水爆尖閣諸島号』
『玄界灘荒波渦潮竜巻号』
『石鉄炭石油金属皮赤黒酒号』
『海天地獄南極北極月面激流濁流洪水号』
『大雨洪水雪崩警報刑法陥没全滅殲滅獄中号』
『頭痛生理痛夜尿放屁脱糞健康害悪地獄冥土号』

もう、何と読むのかサッパリ判らない、だが『男らしい』名前が多かった。よく学校を卒業した学友が馬と共に我家に来たが垣根は壊すし、ウンコは大量にするし、嘶くし、非常に迷惑だった覚えがある。だが、丸坊主or角刈りの学友達は其れは其れは『男らし』かった。

「どうだ!之が俺の『石鉄炭石油金属皮赤黒酒号』だ。じゃじゃ馬で乗りこなすのに時間は掛かるが良い馬やけんね!」

と言う学友の懐にはピストルが一丁。

そう!高校を卒業する際に送られるのは『馬』だけではなく『ピストル』も送られるのである。北九州市の成人式は20歳ではなく独自の『市政』により18歳である。

八幡の『スペースワールド』でピストルを所持し、馬に乗った18歳男子達。『ピストル』ではなく『日本刀』の子もいる。日本刀の場合は名刀『村正』が送られる。
皆、休日には銃のメンテナンスか、日本刀を磨いているモノだった。

私は何をしていたか?と言えばヌイグルミは卒業し、猫と語り合い、音楽にウツツを抜かし、自転車で走り回る日々。

全く女々しい。



で、進学して驚いたのだが食事の際に皆『座って食べる』と言うのに驚いたいた。
北九州市では「いつ、寝首をかかれるか判らない」と言う事で皆、立って食べていたのである。だから『立ち食い蕎麦』が普通で、一般的な家庭でも皆、『立食パーティー』のように食べていたのである。そして食事は5分以内に終わる。ウンコはしない。と言うか『排便の際に寝首を』と言う事で皆、ウンコの際は可也、気を使っていたものである。

誰も居ないのを見計らい、素早く、迅速に、早急に行う。

其の為、男子達は常に『便秘』状態だった。ウォッシュレットや消臭スプレー等と言う生温く、女々しく、子供騙しのようなモノは使わない。


『荒縄』


である。『荒縄』で致した後のアナルを磨くのである。だが『荒縄』を使い始めたのは私の世代からで、三歳年上の男子達は『鉄鋼業の町』と言う事で

『錆びたワイヤー』

で磨いていた。だから「お前等!『荒縄』なんかでケツを拭きやがって!そんな事だから日本は駄目になるんだ!女々しいったらありゃしない!」とよく叱られたものだ。


こんな土地なので『病』『怪我』をした際も病院にはいかない。と言うか北九州市には病院がない。少なくとも『医療機関』と呼べるような施設はない。私が胃潰瘍で医者に行った時に言われたのが

「そんなモン、根性で治せ!」

だった。当然、薬などは処方されない。散々「根性なし!」と罵倒されて追い出されるのである。
私の祖父が肺ガンで入院したときも医者は

「肺ガン?そんなもんは唾をつけときゃ治るんじゃ!」

と言い放ち、実際に一日3回、医者が祖父の胸部へ唾を吐き掛ける、と言うモノだった。当然、祖父は散々、苦しんだ挙句、死んだが医者も親族も

「癌程度で死ぬなんて根性なし!」

と棺桶に罵声を浴びせていた。



男らしさ、と言うのは大変なのである。

2017年10月9日月曜日

インドのネズミ狩り

最近、部屋にネズミが出る。




厳密には屋根裏を駈けずり回っている状態で、現物はお目に掛かってないのだが良い気はしない。
この時期は出産の時期だから走り回るのだろうが、何だか嫌なもんだが、『セロ弾きゴーシュ』を思い出す。

私がTPの練習をしていたら小ネズミが

「KO.DO.NAさん。チューチューの練習をしたいので(高い)『B』の音を出してください」

とか言ってきて、

「なんだ?ネズミの癖に。お前たちにBもCメジャーもないだろ」

「いえいえ。私も漸く世帯を構えたのですが、子供達にキチンとしたチューチュー(B)を教えないと困るのです」

「チューチューってB(シ)なのか?」

「そうなんです。ちょうど、トランペットのハーマン・ミュートを付けた状態でのBが私達で言うチューチューなんです」

「バカバカしい。ネズミに音楽を教える程、俺は暇じゃないんだ!」

「お願いします。どうか。子供達にキチンとしたチューチューを教えないとネズミ捕りにも引っかかりますし、大きくなって異性を口説く事も出来ないんですよ」

「お前達は何もかも『チューチュー』じゃないか」

「いえいえ!。KO.DO.NAさんが吹く『B』は私達にとって『ア・モーレ!』と言う意味なんです。他のキーとは全く違います」

「じゃあ、普段はなんだ?」

「Cは『眠たい』、Dは『ご飯にしよう』、Eは『遊ばない?』、Fは『寒いねぇ』で、Gは『餌を見つけた!』、Aは・・・」

「あー!もう、良い。仕方がないな。少しだけBを吹いてやる」

「有難うございます」

「シーーーーーー(Bーーーーー)」

「チューーーーー」

「ええい!バカバカしい!家賃も支払わないお前達に何で俺が音楽を教えなきゃいけないんだ!。今度は『インドの虎狩り』だ」

とインドの虎狩りを吹くのだが、原作だと猫が発狂するのだが相手はネズミなので

「情熱的な曲ですね。でも、私が欲しいのは『B』なんです。先ほどB♭になってましたけど、ちゃんと吹いてくださいね」

とネズミに言われるだけだ。



で、ネズミ対策を考えていたのだが、今日は何故か出てこない。隣の部屋の人が夜逃げしているので、このアパートにいるのが私だけなんじゃないか?って気もするのだが下の部屋には住民が一人だけいる。だから、そっちに移動したのかも知れない。


他の生物と共生するのは難しいものだ。