2017年2月27日月曜日

生悦住 英夫さん





生悦住 英夫さんが本日、永眠されました。
RIP Hideo Ikeezumi, founder of PSF Records. Since I first met him at Modern Music in 1990, he was a hugely important part of my life. Possessor of a pair of the most individual and open set of ears I have ever encountered. ご冥福お祈ります。No words beyond that for now.
https://www.facebook.com/alan.cummings.395/posts/792356231833?pnref=story

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多分、ショックと言うか現実感がないから言葉に出来ないんだろうけども。
なんだピンと来ない。

生悦住さんの活動に関しては色々と思う。

思いすぎるほど思う。

罵倒や罵り、賛美から賞賛、嫉妬まで何もかもの言葉が出てきそう。

だけども、其れが言葉に出来ない。
きっと、それは言葉にしなくても良い事なんだと思う。
それを言葉にする、または言葉に出来るのは10〜20年後だと思う。




劇団唐組を退団してから。

90年代に進学でも就職でもなく、東京に出る、と言うのは今とは比べ物にならないほどハードルが高かった。

その理由が「劇団唐組に入団する」と言うモノだった。

だから、退団した時は「これから、どーすれば良いんだろう・・・」と不安になったし、数ヶ月ほど呆然として過ごしていた。




その頃に『モダーン・ミュージック』に行った。以前も行った事があるけども、Gモダンは憧れの雑誌だった。

店のカウンターに居た生悦住さんに恐る恐る話しかけてみたら気さくに色々と話してくれた。

で、「Gモダンで執筆させてくれませんか?」とお願いした。
当時、私は文筆がやりたかった。楽器も下手だったし、文章ならば得意だったから。

生悦住さんは

「どーぞ、どーぞ!此方こそお願いしますよ!」

と言ってくれた。
その一言が、どれほど私の肩を楽にさせてくれたか。

「なんとか、なる」

と思わせてくれた。




個人的な事情でGモダンに執筆する事はなかったのだけど、生悦住さんの『あの時の一言』だけで「唐組」と言う呪縛から少しだけ逃れる事が出来たし、思えば暫く辞めていた音楽への復帰も、生悦住さんの一言だった。



生悦住さんは幸せだったんだろうか?と思う。
PSFにせよ、店舗にせよ、空前絶後の事を行い、PSFからリリースされた作品を聴いて、私はどれほど救われたか。
Gモダンに掲載されていた盤は九州では手に入らないモノばかりだったが、あの雑誌がどれほど私の視野を広げてくれたか。
その生悦住さんは、空前絶後の活動で嫌な事もあっただろうし(主に金銭的な部分で)、どうだったんだろう、って。


どうだったんだろう、って幸せだったに決まってんじゃねーか、って気もする。
一人で、あれほどのリリース(しかも世界流通)し、その音源や雑誌によって後任と言うか若手が育ったワケだし、そう言う事を生悦住さんが狙ったとは思えないけども、九州の辺境だとか青森県の農村部からも「凄いです!」と言う人がいたわけだし。


今日はPSFの音源を聴きながら夜を過ごします。
生悦住さん。ありがとうございました。
私は貴方に救われた、多くの人の一人です。
お疲れ様でした。

2017年2月15日水曜日

My Funny Valentine

バレンタインだったらしい。





そんな私の夕食は牡蠣とほうれん草。





毎年、中学生の時のバレンタインを思い出す。
中学1年製の時。
仲が良い女子が居た。
九州の学校なので荒れた処があったが、私は余り気にならず。
で、その女子はルックスは悪かったが良い話し相手で、私の話を何時も笑いながら聴いてくれていた。
で、私も彼女を楽しませるために必死で喋っていた気がする。
で、まだ12歳か13歳。



そんな折。
バレンタインと言うものが来た。毎年、親や姉妹に貰うモノだったが当日は何故か父と私だけだった。
其処へ、その女子が来た。
ベルがなって父親が出たら、同級生なので
「か・・・カズタカ!女の子が来とるぞ!」
と父親も驚いている。
確か田北と言う名前だった(はず)。
その子が友人を連れて、私にチョコレートを渡してきた。ラッピングもされている。



「はい!」

って感じでぶっきらぼうに渡してきた。何故か、その子は何時もの田北と違う。気押される感じと言うか。
いつも笑っている田北と違う。
意味がわからず

「これ・・・義理チョコだよね・・・?」

と聴いたら、田北が物凄い目つきで

「違うよ!あんたの事、好きよ!」

と怒鳴られた。





思えば、その数週間前に机にラブレターが入っていた事があった。

『好きな人はいますか?』
『どんな女性が好きですか?』

とか、そう言う質問形式で、誰から届いたのか分からないし、どうすれば良いのか分からなかったので担任の教師に

「こんなのが届いたんですけど、どうすれば良いんでしょう」

と渡したら、

「・・・まぁ、あれだ。そういう事もあるから」

と何故か没収された。
で、教室に戻ったら田北と、田北の友人が

「ねぇ、ねぇ、手紙が入っとったんやろ?どーしたん?」

と嬉しそうに言う。

「分からん・・・。やけ、先生に渡した」

と言ったら

「・・・っふ。あんたって馬鹿ね」

と言われた。
その時の表情は私と同世代とは思えなほど大人っぽかった。
少し驚いた。




チョコレートを渡されて
「違うよ!あんたの事、好きよ!」
と怒鳴られて、愕然とした。で、口から出た言葉は

「うるさい、馬鹿!」

だった。




まだ、13歳なのである。女系家族育ちなのである。
だから、と言うワケじゃないんだろうけども自分が『異性の対象』となっていた事に驚いたし、驚愕したし、怖かったし、違和感だった。
田北と言う同級生の女子の事を異性として見ていなかったか?って言えば、彼女を笑わせるために、楽しませるために、思えば田北とばかり話していたから、何処か心はあったのかも知れないけども、自分では分からなかった。


もう少し年齢を重ねていれば違ったのかも知れないが、自分が『男性』である、少なくとも周囲からは『男性』として見られている事に強烈な違和感と、恐怖感があった。

そのチョコレートは貰ったは良いが、どうすれば良いのか分からなくて、食べる事も出来ないし、捨てるワケにも行かないし・・・と思い、家にあった『壺』の中に居れておいた。


翌日、学校に行ったら田北が

「あんた、あのチョコ、食べた?」

と聴く。もう、恥ずかしくて恥ずかしくて、

「捨てた」

と言ったら

「なーん!(何故だ!)800円もしたのに!」

と怒鳴られた。
その日から田北と話すことはなくなった。



それから3日後。
リビングで姉と母が、私が貰ったチョコをボリボリと食べている。
「あ!俺が貰った・・・」
「なんね?これ、あんたのね?変な処にあるけん、食べてしもうたわ。これ、美味しいわぁー」
と母と姉に食べられた。

田北とは、その後、班が変わったし、クラス替えもあって話すことは皆無になった。
今はどーしてんのかねぇと思うが。
嗚呼、誰が故郷を想わざる。


グズの本懐

何故か下痢である。




普段どおりの食生活なのだが時折、体内時計が狂う。

すると腸内が「っは!元に戻さなくては!」と利息だ、と言わんばかりに出る。

寝る前にヨーグルトを食べているのだが、その『利息』なんだろうか。
体内機能として『胃』に関しては16歳から34歳まで胃潰瘍に苦しめられたので『胃痛のセミプロ』と自称しているのだが、胃は慣れると何とかなる。激痛でのたうち廻った日々は『勝利と栄光の日々』だった。

だが、腸に関しては完全にブラックボックスだ。


胃痛や胃の不快感はある程度、コントロールが効くが腸は何しろ長さが凄いので理解が出来ない処が多い。

思えば胃癌で胃を全て除去したとしても腸としては「ほな、此方側でやりまっせ」と胃の代用として使えるらしい(食生活は変わるが)。


下痢で「とほほ」な時間を過ごしながら
『クズの本懐』
と言うアニメを観た。
先日、下北沢のビレバンに行ったらセル画が無意味に展示されていて「ふーむ」と思ったので観てみた。









びっくりした。

驚愕した。

唖然とした。

これが深夜12時以降に放送されているとは言え、これはチョット、過激が過ぎるだろ・・・。





嘗ては『ブラッドC』と言うアニメもあったけども(リョナ好きには堪らないらしい)、この『クズの本懐』って一話につき2回くらいエロ・シーンがある。

で、百合も多め。

以前、『響け!ユーフォニアム』と言うアニメが好きだったのだが1クール目は百合シーンが一回あって、2クール目からは味を占めたのか一話毎に百合シーンって有り様になり、

『吹奏楽部あるある』

だったアニメが、結果的に『百合』って言う。
(伝説の百合シーン)







『グズの本懐』はアニメとしては京アニ的なダイナミックさはない。
台詞と言うよりモノローグが延々と続く。
モノローグと言うより、詩である。

『詩』が肉体的なモノであるならば、この『グズの本懐』が肉体的(体液的)になるのは理解が出来る。原作はどーなっているのか知らないが。

ただ、詩として考えると中二病感もあるが『全編モノローグ』と言うか、アニメーションにする意味があるのか?って言う程のモノローグである(モノローグって基本的に詩だけど)。


ウィリアム・バロウズが小説家と言うより詩人である理由は彼自身が非常に肉体的な人だったから。
パティ・スミスの詩も肉体的な処があるし、ボブ・ディランはまるで飯を食うように詩を書いていた(歌詞だが)だし、そのボブ・ディランに言わせればシェークスピアも飯を食うように戯曲を書いていたからで。


ポエトリーと言うモノは切腹に近い。

って、俺はエロ・アニメに対して何を思っているんだ?って言うか。
まぁ、とりあえず練習して寝よう。
 

2017年1月27日金曜日

風邪をあつめて

風を弾いた。


『風を弾いた』と書くと一気に『ボブ・ディラン』、または『はっぴいえんど』っぽくなるのは多感な時期に聴いていたからだろうか。
ってか、ボブ・ディランは最初に買ったLPが『時代は変わる』だったんだが、ジミ・ヘンドリックスとかデトロイト・テクノとかゲリゲロゲゲゲとかを聴いていた10代には、もう殆ど『雅楽』並に渋すぎてサッパリ理解出来なかった。
ただ、翻訳された歌詞は大好きだった。ディランの『時代は変わる』が好きに成ったのは随分、あとだった。








しかし、これほど『テッパン』な風邪は一年に一回くらいだろうか。あ、昨年、舞台監督をやった時は仕込みの日に思いっきり風邪を引いてしまい、死にそうになった。

あの時は死ぬかと思ったな。

何しろ10mの脚立の上で何やら、やらなきゃならないので「これで落ちたら来世は小さな虫になるんだろうな」と思った。
舞台スタッフって年に平均2人は落下とかで死亡している。死亡はしていなくても重症をおったり。



で、医者に行く。

「インフルエンザではない・・・と思うよ」

と藪医者は言う。

「どのくらいで治りますかね」

「インフルエンザだと3日かなぁ。風邪でも3日くらいなんだけどね」
「じゃあ、2〜3日は伏せるしかない、と」

「うーん。これは言い難いのだけども、君の場合は2〜3日じゃないね」

「へ?と言いいますと?」

「余命4日だね」

「はぁ?余命4日?。普通、半年とか1年じゃないですか?!」

「仕方がないだろ。君の風邪は普通の風邪じゃないんだよ」

「じゃあ、病名は?」

「えーっと、長いんだけども『常染色体劣性遺伝性若年先天性中枢性肺胞低換気症候群アフリカ睡眠病』なんだよ。1億人に一人の症例だ」

「・・・・これって実在する病名なんですか?・・・なんだか適当な病気を並べただけのような気がするんですが」

「何だと!お黙り!シャラップ!ビー・クワイエット!君は医者に歯向かう気かね!」

「いや、そう言うつもりでは・・・」

「君は医大を出たのかね!君は医者かね!学会に行った事があるのかね!」

「いや・・・って言うか・・・」

「嫌もクソもない!シャラップで、ビー!クワイエットざんす!君は東海村JCO事件で被曝した奴がドロドロに溶ける様を見たことあるのかね!」

「いや・・・普通、ないと・・・」

「私は3代続けて医者なんだよ!3代だよ?初代は明治時代だ。明治、大正、昭和と平成と激動の時代と政治の季節に医者やってんだよ?君のような、まだクチバシも青いし、ケツも青いガキに何か言われたかぁな
いね!」

「・・・・とりあえず分かりました・・・」

「まぁ、余命4日間だ。好きな事とか、思い残すことがないように楽しむことだね。あ、言っておくけど化けて出ないでね。うちの妻とか子供が嫌がるから」

「・・・はぁ」

「うちの子は、今年、受験なんだよ。其処は勘弁してくれ給え!」


余命4日か・・・。

2017年1月25日水曜日

竹宮恵子

九州の僻地に住む友人の頼みで竹宮恵子のサイン会に行った。
因みに友人は男性である。
竹宮恵子ってのは『風と木の詩』の作者だ。





私は『サイン会』と言うモノに行ったことがない。

現物が手に入れば良いだけで、サインがあるとか無いとか気にしたことがない。
この辺は私が北九州市出身で、頑張っても『現物』しか手に入らなかったからだと思う。

演劇をやっていた頃も演劇を観に行くことは稀だったし、音楽をやっている分際でライブに行く本数も桁外れに少ない。

『そう言ったもの』

を初恋のように恋い焦がれた頃に、そのミュージシャンの音源を手に入れる事が精一杯だったし、演劇は来たことがなかった。

だから、ボブ・デュランのライブに2万円払う人の気持も分からないし、レベッカとかフジロックに行く人の気持ちも判らない。
『それを作った本人』を観る、と言う事の価値が判らないのである。



あ、思い出した。
先日、ガンバおじさんのバンド『SxAxC』を観に行ったのだが、当日はMelt-Bananaが高円寺でライブって事もあって集客が芳しくない・・・みたいな事を言っていた。
だが、私は『SxAxC』の方が面白い、と思ってしまう。普通に面白かったし、音楽的にも素晴らしかった。

Melt-BananaなんてYOUTUBEで良いだろ、って言う。またはCDで良いだろ、って言う。
メジャーどころのライブと、新年の皇居参拝の違いが判らない。
youtubeやCDで良いだろ、って言う人を其れなりの額を払って行く人の気持が判らない。
ただ、これは私が田舎モノで、その多感な時期に『其の行為が目の前で行なわれる』と言う経験が皆無に近かったからである。




そんなワケで『人生初のサイン会』である。
しかも、伝説の『風と木の詩』の作者だ。
結構、緊張した。何しろ初めてなのである。
しかも、連載開始が1975年なので恐らく中年女性ばかりだろうなぁと。



で、行ってみた。場所は八重洲ブックセンターだ。

8階に行って『風と木の詩:原画集』を買ってチケットを貰う。

「前のほうが開いております」

と言うので、前列3列目に座った。
たまたま空いていた。
で、竹宮先生の話を拝聴。





実を言うと『風と木の詩』は予習って事で前半だけ読んだ。

だが、私の好みではない。

個人的に萩尾望都の方が好き。『トーマの心臓』は遠藤周作の『海と毒薬』と同じくらいインパクトがあった。
完全に個人的な好みの問題だけども。




質問コーナーがあったので私も聴きたいことが幾つかあった。24年組って1ドル=300円の時代にシベリア特急に乗ってヨーロッパ旅行に行ってんだよな。

其れでヨーロッパが舞台になる漫画が多くなったらしい。

徳島県育ちで、上京して、行き成りヨーロッパって言うのは凄い衝撃だっただろうなぁと思うのと同時に、当時の少女漫画家の執筆活動がどんな修羅場だったのか?って言う。
当時は全て手書きだ。スクリーントーンは売っていただろうが、無いものは作るしか無い。
一話を書くのに、一体、何百時間かかっていたんだろう、と思う。



少女漫画家は多忙を極めるので男性編集者と『男女の仲』になることは珍しくなかったらしい。有名な処で言えば『ホットロード』とか『ちびまる子ちゃん』である。

とは言え、竹宮恵子とか24年組クラスになると編集者と男女の仲になれる程、暇ではなかっただろうし。
少女漫画の黎明期って事もあり、編集者もよく意味も分からないママ、資料や取材材料を金に糸目をつけずに出していたらしい。



で、サイン会だ。

初めての事なので緊張する。
会場は予想はしていたが中年女性と言うより(って私が既に中年の域だが)


『50〜60歳の女性』


が9割。元祖腐女子、とでも言えば良いのだろうか。

残りの1割が若い女性と、男性(男性も50代後半と言う塩梅)だ。


オバサン達は、オバサン達なりに頑張ってお洒落してきている。
厳寒の東京駅だと言うのに露出度も高め。
羽生選手が出場する大会席のような様子である。





で、私も緊張しているし、判らない事だらけなので隣のふくよかな、体積が大きい、対面積が大きい50代半ばと思われる女性に

「これ(原画集)、どうすれば良いんですかね・・・」

と聴くと

「これにサインをして貰うのでビニール袋から開けておいた方が良いですよ」

と親切に教えてくれる。
・
・
・・・・・のだが、この女性の口と言うか口臭が物凄い臭いなのである。

オブラートに包んだ言い方をすれば


『クサヤの臭い』


であり、分かりやすく言えば



『ウンコの臭い』


なのである。
インフルエンザが流行っているので『クサヤ』を食べてきたのか、はたまた元祖腐女子として

『BL→スカトロ』

と言う性癖の持ち主なのか、物凄い歯槽膿漏なのか。
だが、歯槽膿漏がウンコに変換されるのか?



以前、佐藤yukieさんとライブをやって、帰りに坂本美蘭さんと3人で阿佐ヶ谷の呑み屋で呑んだ事があった。

B級グルメが好きなyukieさんが、突然

「マスター・・・『クサヤ』はありますかねぇ」

と言うと、マスターは此れから起きる残劇を喜ぶ悪魔のような笑みで

「ごぉざいますよぉ〜♪」

と歌うように言う。お前はメフェレスとかよ、って言う塩梅だ。



焼き始めた途端に店内が凄い臭いになる。思わず口数が減る。
で、出てきた。

「なんだ。魚を焼いただけじゃないか」

と思い、口に含んだら口の中に、分かりやすく言えば

『ウンコ』

の臭いが爆発する。ウンコを食べたことはないが、恐らく、こう言う味だろう、というか。
思えばウンコも発酵食品も本質的には変わらない。

坂本美蘭さんは

「意外と美味しいですね」

と食べている。
隣の席の人が

「お、クサヤですかぁ〜」


と言うので隣席の初対面の人も食べる。

「うちの故郷の名物なんですよ〜」

と嬉しそう。


『食わぬは武士の恥』


と玄界灘の荒波を西に眺むる九州男児中の九州男児が食い物に後は見せられない。

「上等っすよ!」

と頑張って食べたが、口数が減るほどである。味よりも嗅覚が凄くて汗が出る。
帰宅しても口の中が『クサヤの臭い』で翌日まで残った。



竹宮先生のサイン会では其れを思い出した。
隣の女性と少し話したりしたのだが、女性が話す度に『クサヤ』の臭いが鼻孔目掛けてダイレクトに来る。
クサヤは健康に良いが、その女性は健康に悪い感じがする。


なんで、こんなに臭いんだ?。クサヤを食べてきたか、気合の入ったスカトロ・マニアか?
と思ったりもするのだが、そもそも50〜60代が9割なので会場内は加齢臭が凄い。


『加齢臭』
『美しいBL』
『少女漫画家の女帝』



とう組合せが理解が出来ない。


途中で竹宮先生がジルベールと言う『風と木の詩』をライブで書いた。色紙は一枚だけなので抽選である。




「それでは・・・2番です」
となったら、皆、自分のことように拍手喝采である。こう言う所は良いなぁと思ったが、当たった人は50代後半と思われる男性だった。



当日、お気に入りのコートを着ていたのだが、帰宅しても、

『クサヤ女』

の臭いがコートに染み込んでいる事に気がついてウンザリした。

翌日、クリーニングに出した。

2017年1月24日火曜日

夢一夜

モンゴル地方にありそうなテントに行くと、机や椅子があり、麒麟麦酒とコップ。


其処へ

『小泉進次郎』がいる。彼は私にビールを注ぎながら言う。




「若!、来年度の予算案なんですが、この場をお借りしてちょっと・・・」



私は疲れていたし、こんな議会でもないのに来年度の予算案なんてバカバカしい。

「まぁまぁ、そんな事ぁ国会で話せば良いじゃないか。来年度の予算案なんて野暮な事ぁ言うもんじゃないよ。こんな祭りの日に・・・」

「とりあえず、この二件だけでも」

と言うのだが、一件は

『アニメータと漫画家の賃金アップ』

だった。

「分かっとる、分かっとる。アニメだか漫画だろ?。あんなポンチ絵に・・・とりあえず今が一千万円だろ。2千万円にしてやりゃ良いんじゃないか?」

現状、国の金を投入するアニメが

『エスパー魔美』



なのである。別に3Dとかじゃない。普通に二次アニメだ。『エスパー魔美』に今更、国費を投入する理由が分からないが、国会ではそうなっている。


其処へPKO派遣で今も活躍中の

『鉄人28号』



と、その操縦者が来た。

「先生、今年も鉄人28号ば、宜しくお願いしまっせ!」

「こげん、28号ば、現地の人の喜ばれとりもっそ。焼き畑農業ばやらせっと、10万馬力で動いとりもっそ」

と言う。正太郎君と思われる人と、鉄人28号を見る。


戦後から動いている鉄人28号だが、実は中身はV4気筒エンジンで動いている。

燃料は軽油だし、燃費も良いのだが、如何せん戦後に作られたロボットなので4気筒のうち、実際に動いているのは1.5気筒である。残りは動いたり、動かなかったり。そんな塩梅なので『実質1馬力』である。

『10万馬力』と言うが、流石に盛りすぎなんだが当時の政党と国策を考えると10万馬力と歌わざるを得なかった事情もある。

「今後とも宜しく!」

と言って鉄人28号を撫でる。


で、芸者がテントの中で日本舞踊を始めた。
で、しばらくすると私は眠りこけてしまった。

眼を覚まして、イベント会場の近くにある日本料理屋に行くと、また小泉進次郎がいる。

「いやー、盛大なイベントでしたね。住民の皆様も喜んでくれて」

「まぁ、まぁ、とりあえずビールでも呑もうじゃないか。私しゃスッカリ眠ってしまったようだが」

「とりあえず、若!来年度の補正予算案なんですが」

「はぁ。なんだ。まだ、あるのか?」

「とりあえず、通常国会のスケジュールなんですが」

と小泉進次郎ががパラパラと資料を出してきたら、また眠くなった。
で、眠った。
眠ったと思ったら、目が覚めた。



「鉄人28号って1.5馬力なのか・・・スーパーカブ以下だな」
と思った。
自民党議員になる夢なんて初めてだ。

2017年1月22日日曜日

ストラディバリウスっていたろ

風が強何処か湿っぽい。

風の日は何だか憂鬱になる。思い出したくない事を思い出しそうになるが、思い出せない。

こんな風が吹く日。私の脳裏には何時も、ある情景が浮かぶ。



薄暗いランプの元で年老いた男性二人が静かに呑みながらボソボソと話し合っている。手元には酒のツマミなのか細切れのパン。


チェーホフの『ワーニャ叔父さん』のような情景、と言うか。外に出ようにも風が強くて出る事が出来ない。
昔話ばかり。昔話しか出てこない。

昔話に登場する人物達は既に他界しているか、その地に居ない。

そんな連中の事ばかり話している。



「ストラディバリウスっていたろ」

「ああ」

「バイオリン職人の」

「ああ」

「変わった奴だったよ。家に閉じこもりっきりで」

「ああ」

「ニスがどうした、塗料がどうした、って」

「ああ」

「年中、呟いていたなぁ」

「ああ」

「五月蝿かったよ。毎日、毎日。ぎーぎー鳴らしてなぁ」

「ああ」

「俺にはアイツが作るバイオリン・・・だったけ?」

「バイオリンだ。アイツは笛や管楽器には興味がなかったからな」

「バイオリンか。俺にはアイツのバイオリンと他のバイオリンの区別が付かなかったが」

「俺もだ」

「アイツが死んだ時、息子のパオロがバイオリンを売っていただろ」

「そうか」

「俺の息子が欲しがってな」

「買ってやろうかと思ったら値段が高すぎるんで買えなかったよ」

「オマエの息子は今は水夫じゃないか」

「水夫は辞めたってよ。孫が病気で水夫の給与じゃ食えないんだと」

「何処も似たようなもんだな。俺も水夫で食えた事はなかったよ。・・・借金してばかりだった」

「俺もだ」

「オマエの息子は何しているんだ」

「今は競艇で食ってるんだとよ」

「ギャンブルか」

「そっちの方が稼げるらしい」

「・・・俺もそうすりゃ良かったな」

「俺たちの頃は競艇はなかったしな。麻雀も弱かったしな」

「ああ」

「ストラディバリウスだけどよ」

「アイツが死んだ時、葬式には出たか?」

「招待状は届いたがな。面倒だから居なかったよ。仕事もあったし」

「俺は嫁が四男を産んだばかりだったしな」

「しかし嫌な奴だったな・・・」

「ああ」

「麻雀で負けてもツケてばかりだ」

「ああ」

「清算する前に死にやがって」

「ああ」

「本当に嫌な奴だったよ」

「全く嫌な奴だったなぁ」



二人の会話は最後は必ず「嫌な奴だったなぁ・・・」で終わるのだ。
パン屑で机も手も汚れている。二人の身なりは貧しい。貧しいと言うよりは普段着と言うか。朝から晩までパジャマと言うか。

二人は不眠症。

どちらかが「寝よう」と言えばベットに潜り込む事も出来るが、ベットの中で不安な闇夜を過すのが怖い。お互いが言えない一言が
「もう、寝よう」
だった。

仕事はない。既に引退している。国民年金で遣り繰りしている状態だ。
2ヶ月に一度、12万円。月6万円。

部屋に隙間風が入るが寒くはない。湿った空気が憂鬱な夜を加速させる。
安眠の日は遠い日の出来事。


眠れたのは何時の日だったのか。思い出せない。
真夜中が楽しかったのは何時までだったのか。朝までドンちゃん騒ぎをしてグッタリとしながらも仕事をし、夜には寝る。
そして翌日にはドンちゃん騒ぎ。妻は激怒するが、子育てなんぞ男のする仕事じゃない。
妻を怒らせたくて、やっていた気もする。

妻は寝ている。昔と同じパジャマを着てナイトキャップ。彼女の寝息は昔と変わらない。
最後に性交したのは何時だったか。

妻はいつも猫と寝ている。




風は止みそうにもない。話も終わりそうにもない。

「嫌な奴だったなぁ」

と呟く。何回目だろう。